本当にやりたいこと・前編
再び王宮で『薔薇の会』が開かれる。
今回からクリスティーヌはヌムール家の馬車で王宮へ行くことになった。
「迎えに来たよ、クリスティーヌ嬢」
甘く優雅な笑みのユーグ。
「わざわざお迎えに来てくださってありがとうございます」
クリスティーヌはカーテシーで礼を
「さあ、クリスティーヌ嬢、馬車でマリアンヌも待っているから行こう」
ユーグにエスコートされ、クリスティーヌはヌムール家の馬車に乗り込んだ。
ユーグ達がいるということで、今回からファビエンヌとドミニクは屋敷で待機となる。
「クリスティーヌ様」
クリスティーヌの姿を見た瞬間、マリアンヌの表情がパアッと明るくなる。
「ご機嫌よう、マリアンヌ様」
ふふっと笑うクリスティーヌ。
「クリスティーヌ様、
小さく控えめだが、弾んだ声のマリアンヌ。
促されるがままクリスティーヌはマリアンヌの隣に座った。そして正面にはユーグ。
馬車はカタコトと進み出す。
「クリスティーヌ嬢、この前言っていた論文を渡すよ」
ユーグは分厚い論文を取り出し、クリスティーヌに渡す。
「ありがとうございます、ユーグ様。著者は……レイ……リズ……?」
著者名がナルフェックでは馴染みのない名前だった為、クリスティーヌは発音に首を傾げた。
「リシェ・アーンストート=プランタード氏の論文だよ。アーンストート氏は有名な薬学研究者で、ドレンダレン王国出身なんだ。時々ヌムール領に研究しに来ているよ」
「左様でございましたか。
クリスティーヌは困ったように笑った。
「二十二年前、ドレンダレンではクーデターが起こり、悪徳貴族による恐怖政治が始まりました。アーンストート氏は恐らくその時にナルフェックに亡命したのだと思われます」
控えめに話すマリアンヌ。
「マリアンヌ様は物知りでございますね」
クリスティーヌがふふっと笑うと、マリアンヌは頬を赤く染めはにかんだ。
「クリスティーヌ様にそう仰っていただけてとても嬉しいです」
「マリアンヌは他国の出来事や文化に詳しいんだよ。他国の言語も学んでいるんだ」
「まあ、素晴らしいですわ、マリアンヌ様。
クリスティーヌは後半自嘲気味だ。
「そんな、
マリアンヌは顔を赤く染めたまま、クリスティーヌを真っ直ぐ見つめた。
「そう仰っていただけると少し気が楽になりますわ。ありがとうございます、マリアンヌ様」
そんな二人の様子をユーグは優しげな表情で見守った。
その後、クリスティーヌは論文に目を通す。エメラルドの瞳はキラキラと輝き、楽しそうな様子がよく分かる。
ユーグはクリスティーヌの表情に釘付けだった。
マリアンヌはそんなユーグの様子を見てクスッと笑った。
(やはりお兄様はクリスティーヌ様のことが)
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今回の『薔薇の会』も前回と同じく和気藹々としている。
「この国にいられるのも後三年なのね」
イザベルは窓の外を眺めながら気品ある笑みを浮かべた。アメジストのような紫の目は薔薇園ではなくどこか遠くを見据えていた。
「イザベル殿下、もしかして……不安でございますか?」
クリスティーヌは恐る恐る聞いた。
「それが……」
イザベルは一瞬目を伏せ、次に大輪の花が咲いたような笑みになった。アメジストの目は輝いている。
「とても楽しみでますの。他の国はまだ貧富の差が激しいわ。それに、私利私欲に満ち、国家転覆までも試みる貴族といった、
「……左様でございますか」
クリスティーヌはイザベルの勢いに若干引きつつも、淑女の笑みを浮かべている。
「確かに、ナルフェックではそのようなことをお考えになる方はいらっしゃらないですものね。せいぜい少し野心がある程度で」
マリアンヌはクスッと笑った。
「この国ではそういった魑魅魍魎達は全て
レミは高らかに笑った。
「私もイザベルに負けてはいられないね。ウォーンリー王国の未来について考えねばならない」
レミは二年後、ウォーンリー王国の国婿、つまり王配になる。
「僕も兄上や姉上に負けていられません。ガブリエル兄様が国王になった時、王弟として支えられるようナルフェックのことをもっと知っておくべきですね。もうじきガブリエル兄様が国王に即位する日が来るかもしれませんし」
アンドレは穏やかな笑みだがアメジストの目は真っ直ぐ未来を見据えていた。
「アンドレ殿下、まだ女王陛下はご健在でございます。もうじき王太子殿下が国王陛下として即位するというのはどういう意味でございましょう?」
ディオンが不思議そうに首を傾げている。
その問いにはレミが答える。
「恐らくそろそろ発表されるだろうけれど、
「「「「「生前退位!?」」」」」
王族以外の者達が驚く。
セルジュは顎に手を当て、少し考える素振りをする。
「生前退位なんて、近隣諸国でも聞いたことがないですよ。大抵亡くなるまで在位する。しかし、女王陛下のことです。何か深いお考えがあるのでしょう」
「まあその通りさ、セルジュ。
レミがそう語る。
「医学的な知見では、三十代から少しずつ脳の萎縮が始まるわ」
イザベルは気品ある笑みだ。
「そうなると、女王陛下のお考えは合理的かと存じますわ」
クリスティーヌは王族二人の言葉を聞き、そう思った。
「私もそう思う」
ユーグも同意した。
「女王陛下は帝王学や様々なことをお学びになっているから、俺達とはお考えになることが違うな」
ディオンは女王であるルナに畏敬の念を抱いた。
「
アンドレは穏やかな笑みを浮かべている。
「クリスティーヌ嬢、先程渡した論文の著者、アーンストート氏も、女王陛下のサロンのメンバーさ」
「そのようなお方の論文を読めるなんて光栄でございますわ。ユーグ様」
クリスティーヌは嬉しさに弾んだ声だ。
「アーンストート氏か。ドレンダレン出身の薬学研究者だね」
レミが思い出したように言う。
「ドレンダレンと言えば、三年前に革命が起きて、本来の王家が復活しましたよね」
今度はアンドレだ。
その話にマリアンヌが反応する。
「その通りでございます、アンドレ殿下。ヴィルヘルミナ女王陛下は本来のドレンダレンの王族の直系血族でございます。クーデターが起きた時、秘密裏に逃がされたのでございますわ。そして十九年の時を経て彼女が革命を起こし、悪徳王家の人間や
マリアンヌはいつもとは打って変わって饒舌だ。マリアンヌはいつも大人しくて控えめなので、兄のユーグ以外皆驚いている。
マリアンヌも皆の様子に気が付き、顔を真っ赤に染める。
「も、申し訳ございません !
「マリアンヌ、いいのよ。
イザベルは優しげに微笑んだ。
「マリアンヌ様が他国の歴史がお好きなことがよく分かりましたわ」
クリスティーヌはふふっと笑う。
「ありがとうございます」
マリアンヌは照れながら微笑んだ。
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