『LOVE+α』

 別に、僕は彼女が好きじゃない。


「あの、この本どこに置いたらいいですか? これオススメなんですけど。ポップでも作りましょうかね?」

「……」

「おーい、生きてますかーししょー?」

「うるさいな。何でもいいから勝手にやっててくれ。そもそもなんでずっとここにいるんだ。一日だけの約束だったのに」

「……じゃあ、作ります」

「勝手にして」

 少ししょぼんとしてしまった彼女の後ろ姿を見ながら、僕はまた自分を責める。だから、自分が好きじゃなくって、あんな夢を見たからと言ってそれが現実になるわけじゃないじゃないか。勝手に怒りを和花にぶつけるんじゃあ、睦子と同じだ。

 頭では分かっていても、あれから二度と開けていない『幻のオリオン』のせいでつい彼女に冷たくなってしまうのだ。


 ――それでも、和花は働いてくれている。もはや僕よりも。

 今も、本棚の前で色紙を切って本を宣伝するカラフルなポップを作ってくれていた。

「……ごめん、さっきあんなこと言って。僕も作るわ」

「あ、いやいや、全然大丈夫ですよ! 一緒にやりましょ」

「ホントにすげぇなぁ。よくそんなアイデアが出てすぐ実行できるもんだ」

「行動力だけが私の取り柄なので」

「そんなことないでしょ」

 で、結果優しく接するという。

 ――僕は、彼女が好きじゃない。けど、彼女はどうなんだ?




 今日はドが三回付くほどの田舎にポツンと建っているスーパーマーケットで本を売っている。

 やっぱりスーパーはすごい。たくさんの人がコチラへ立ち寄って来てくれる。

 だがそれでも、昼間はあまり客が来なかった。

 ちょうど昼時で買い物客が少ない――こともあるが、なぜかほとんど立ち寄ってくれない。


 というわけで、僕と和花は結局今、それぞれ運転席と助手席で思い思いの本を読んでいる。彼女はファンタジー小説か。

 僕はと言うと、最近デビューした苦労人の上楽竜文の短編集、『LOVE+α』を読んでいる。恋愛+ホラーとか、恋愛+魔法だとか、そういう恋愛小説が六編入っている。

 今ちょうど読んでいるのが『あなたのフィナーレに花束を』というアマチュア時代に書いたものを改稿したもの。最低最悪な夫を殺しに行くまでの過程を描いている。

「お」

 と、ここで先程の『エスパー・ミカコ』にも登場していた宮田ルカが出てきた。彼女、レディース暴走族、略称レディぼで親しまれているキャラだったはずが、本当にレディース暴走族になったのかよ……?

 ペラリと次のページへ目を進める。


 ――あれ……? なんで?


 僕は、想定外のものを見つけてしまって目が点になった。

 ――これ、表紙に貼ってあるだけじゃないのかよ……?

 ガンガンガンガンガンガンガンガン

 と、急にけたたましい金属音と共にバンが揺れ始めた。

「キャッ、何?」

 和花が思わず本を落とした。僕も心臓が止まりそうになってしまった。

 ガンガンガンガンガン

 金属音は続く。

「何だよ……?」

 バサバサバサバサッという音がした。本が落ちたのだろう。反射的に、僕は車の外に出て本棚がある方へ回り込んだ。


「あぁ? やっと出てきたかこの野郎」


「……え?」

 目の前には倒れた本棚を片足で踏んでいる男。黒い学ランらしい服にサングラス、さらにはリーゼント。口にはタバコ。

 そんな片手をズボンに突っ込んだ男が横一列に並んでいる。

「お前が金を盗ってたのか? おぉ?」

「あの女とはどんな関係があるんだぁ?」

「ここで俺たちが金を盗り返さねぇとカシラに殺されんだよ! 分かってんのかおぉ?」

「……あなたたちは誰ですか?」

「んなもの知らねぇのか! 俺たちはさいきょうばんどうぐみだ!」

 七人ほどのチンピラはどうやら暴力団員のようだ。そう言えば、どこかで埼京坂東組という名前を見たことがある。それの下っ端ということなのだろうか。

「んなことは分かっただろうが! さっさと金を出せ!」

「……金?」

「お前が匿ってるんだろ? 宮田とかいう女だ! そいつが俺らから盗っていった金だ!」

「……知りませんよ」

「嘘をつくんじゃねぇ!」

「お前が匿っていることは俺らがこの目で見てんだよ!」

「いや、知りませんって、本当に……」

 と、リーダーらしい中心にいた大柄な男が一歩前へ出てきた。僕は下がることができず、ただ肝がすくむ。

「本当にお前は金を持ってねぇんだな?」

「本当は持ってるんだろうが?」

「どこまで白を切るつもりだ?」

「いや、やってませんやってません本当にやってませんからどうかお願いします退散してくださいこの通りですー!」

 もはや呂律が回らなくなってきた。暴力団とかそういうのは刑事小説の中でしか会ったことが無かったのに。そんな女そもそも知らないし。まさか……。

「……もしかして、彼女ですか?」

「あぁ? どいつだ?」

 僕は助手席に顔を向けた。そこには、怯えた顔の和花がいる。

「こいつなんですか? オヤジ」

「……分かるか、そんなもの顔を知らねぇんだから」

「ならあいつか」

「……どうでもいい。怪しいもんは徹底的に排除するだけだ」

 今時古い格好をしたチンピラたちはスタスタと助手席へ向かって行く。

「ドアを開けろ! 開けねぇとぶっ殺すぞ!」

 と、そんなことを言っている間もなく異様に尻がデカいやつが助手席のドアに一発蹴る。それが致命的で、あっけなくガタンと言う音を立てて和花が剥き出しになってしまった。

 ――ヤバい。

「和花!」

 と叫ぶと同時にドカンと後ろから背中を思いっ切り蹴られた。

「痛っ……」

「黙れ! あの女を出せ!」

 倒れている僕の横腹を奴らはひたすら蹴ってくる。

 ウッと吐き気がしたかと思うともうすでに血を口から流していた。

「そろそろ吐く気になったか?」

「……金なんか知りません」

「嘘をつくな」

 ついに、オヤジと呼ばれた大柄で顎が突き出た男がナイフを取り出した。

「……死ね!」


「黙れ社会のゴミクズが!」


 意識が朦朧とし、もうこの三十年の人生が終わってしまうのかと思った時だった。

 突如僕を蹴っていた男が倒れる。

「んだ?」

 と、そこにはいかにもヤクザという感じの紫の長い上着を着た茶色いショートカットの女が立っていた。しかも、あろうことか両手にダンベルを持って。

 腕は剝き出しで、上腕二頭筋が異常なほど発達している。

「このやろ……お前だったのか」

「あんたみたいなただ人間を困らせる連中は大っ嫌いなんだよ!」

 そう言って彼女は向かってくるオヤジの顔面にダンベルを投げつけた。

 正面から彼女を見ると異様に腹筋が割れていることが分かる。

「おらぁ!」

 さらに男の胸倉を握ったかと思うと、目にも止まらぬ速さで軽く持ち上げ、そこらへ投げ捨てた。

 身体が大きな二人の男も両手でそれぞれの胸倉をつかみ、両手を持ち上げて暴力団の男同士の頭をぶつけ、そのまま下ろしたかと思うと両方の腹を蹴ってノックアウト。

 残りの二人はクソッと吐き捨てて、逃げて行った。


「……大丈夫かい?」


 と、寄ってみてみると思ったよりも美少女だ。アマゾネスってこんな感じだったのだろうか。

「ほれ」

 と手を差し伸べてくれる。

 未だ口から血が流れてくるが、胸はどんどんと熱くなる。

「ありがとう……ございます」

「お、後ろの子は気絶しているみたいだな。ま、周りの人が救急車呼んでるだろ。もうじきマッポも来る。ま、結構遠いけどな」

 ハッハッハと乾いた笑いを浮かべると、急に僕のほっぺをプニッと差してきた。

 マッポは暴力団員やヤンキーが警察のことを言う時のことだ。

 ということは、やはり彼女もそうなのだろう。

「柔らかいな」

 ポッと心に明かりがともった気がした。人生で何度か片思いはしたが、これほど強烈に胸がドキドキと拍動したことはないかも知れない。

「……移動書店か。それじゃ、一冊買っていくか」

 適当にそこらに落ちていた本を拾うと、ポケットから一万円札を取り出し、ポンッと置いていった。

「……じゃ、またどこかで会おう」

 宮田と誰かが言ってたっけ、筋肉がものすごい彼女は再びダンベルで筋トレをはじめ、そのままゆっくりと歩いていった。

 ふと和花を振り返る。

 ――和花と結婚する未来になっているのかもしれない。それでも、僕は正直、あの勇者みたいな彼女の方がな……。

 和花が目を覚ますにはまだ時間がかかりそうだ。

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