第2話 夏がやってきた

 期末試験も終わって明日からは試験休みという時、転校してきて間もない小谷君は既にクラスの中心的存在になりつつあった。

 と言っても、彼自身が積極的に目立つ行動をしているというわけではなく、自然と彼の周りに人が集まってくるのだ。


 そのへんは私とは違うタイプ、梨絵に言わせれば、らしい。

 梨絵曰く、

「小谷君は友達が集まってくるタイプで、祐実は自分から集めるタイプだよね」


 そう聞くとやっぱ友達が自然と集まってくる小谷君は凄いと思う。

 そう梨絵に言うと、

「違うよ。祐実は集まってこない子にも声をかけて集めるところがすごいんだよ」


 そういうものなんだろうか。

 単に私がわがままで寂しがりやなだけな気もするけれど……。


 そんなことを思い出しながら今日もついつい小谷君が気になってチラチラと見てしまう。


 当初は女子が彼を取り巻く壁を作っていたが、男子連もいつまでもおとなしく黙ってはいなかった。


「はいはい、女子達は下がって〜これから俺達が小谷と男の話しがあるから」

 同じクラスの村下君が女子の壁をかき分けてきた。


「もう、邪魔しないでよね!」

「そうよ、汗臭い男子は向こうに行ってよ!」

「「そうよそうよ!」」

 梨絵を始めとする積極的な女子が村下くんに対抗する。


「うるせぇ!小谷だってこれから汗臭くなるんだよ!」

 村下君も負けてない。


「何言ってんのよ!小谷君だってやだよね?汗臭いのなんて」

 梨絵も負けじと(ちゃっかり)小谷くんの腕にすがりつきながら言った。


「いや……村下とは今から野球部のことで話があるから……」

 小谷君がやや申し訳なさそうに言った。


「わぁっははは!どうだぁーー!小谷は俺たちと大事な話があるんだ。女子は諦めてとっとと帰った帰った」

 村下君が必要以上に胸を反らして高笑いした。


 村下君は3年生が引退したこの夏から野球部の主将になった。

 わが校はいわゆる弱小校で、創部以来地区大会は毎回1回戦負けだ。

 部員数も3年生が抜けて8人になってしまって存続の危機にさらされているらしい。


「是非、小谷の力で我が野球部を立て直してほしい!」

 野球の実力はともかく熱意だけは全国レベル(本人談)の村下君に熱烈に勧誘されたらしい。

 最も小谷君も始めからそのつもりだったようなので快く誘いを受けたようだ。


 同じくクラスメートの佐々君も野球部に入ったらしい。

 彼は長身で運動神経抜群に見えるけれど案外そうでもないらしく現在は天文部所属なのだが、

「その恵まれた体格を活かさないなんてもったいない!」

 と、ほとんど拉致同然に村下君に連行されていったそうだ。


「佐々君っておとなしいから村下君に逆らえなかったんだね〜かわいそう〜」

 と言う梨絵の表情は言葉とは裏腹に面白がっているのが見え見えだった。


「野球はともかく、佐々君も小谷君と楽しそうにしてたからいいんじゃない?」

 私は小谷君と村下君、佐々君が野球の話で盛り上がる様子を思い浮かべてみた。


(うん、賑やかで楽しくなりそう)

 そんな中に自分も加われたらいいのにと思ったりもした。


「ねえ、野球部の練習とか見にいけたら行こうよ」

 私が言うと、

「うんうん、行こう行こう!私も思ってたとこ!」 

 と梨絵も大賛成してくれた。

「茉美もどう?」

 私が聞くと茉美は、

「私、野球のことあまりよく知らないから……」

 と躊躇気味だ。

「大丈夫だって。私だってよく知らないんだから、一緒に行こ?」

 梨絵が茉美に抱きつきながら言った。

「う、うん……それなら私も」

 と躊躇していた割には茉美も満更まんざらでもなさそうだった。


「祐実ちゃん、野球部の練習を見に行くの?」

 そばで私達の話を聞いていた女子達の一人が聞いてきた。

「うん、行くよ。みんなも行く?」

「「「行く行くーー!」」」


 そんなわけで次の日から私達は野球部の練習を見に行くようになった。

 私達が行った時には既にグランドのネット沿いに女子が集まり始めていた。


「おお、いるいる。もちろんみんな小谷君目当てだよねぇ」

 梨絵が群がる女子を見ながら言った。


 練習はまだ始まったばかりらしく部員たちは二人一組でキャッチボールをしていた。

 そう、数十人の女子が見ている前で。


 野球部員たちからしたら前代未聞の出来事だった。

 万年1回戦負けの弱小校で、女子はおろか男子にすらろくに見向きもされなかったのが、いきなり大注目されることになってしまった。

 もちろん、それは小谷君の加入のおかげなのだが。

 そんな状況なので部員も女子の視線が気になって仕方ないようで、チラチラと横目で見ている。


「みんな意識しちゃってるねぇ。ちょっと黄色い声援とかしてみようか?」

 梨絵がいかにも悪そうなニヤニヤ顔で言った。


「やめなよ、梨絵……」

 と、私が言うのも聞かず、

「小谷く〜ん、頑張ってぇ〜♡」

 と、得意の美少女アイドル声で声援を送った。


 案の定、部員たちは動揺してあちこちでボールを落としたりとんでもない方向に投げてしまったりした。

 が、小谷君は村下君の暴投を跳び上がってしっかりと捕球した。

 そしてこっちを向いて軽く手を降った。

 最高に爽やかな笑顔付きで。


「「「「キャ~〜♡」」」」

 女子の黄色い声が響き渡る。

 私も思わず声が出そうになったが、なんとか踏みとどまった。


(あぶないあぶない……)

 と、ホッとしたところに聞き慣れない声が聞こえてきた。


「まったく……騒がしいったらないわね。練習の邪魔になるってことくらい分からないのかしら?」


 私は声がする方を向いた。

 そこには長い髪をツインテールにした、梨絵や茉美に勝るとも劣らない美少女が冷ややかな表情で立っていた。

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