05


落ち葉と、みずみずしい光沢を載せた苔の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

足場はふかふかと柔らかく、随分と落ち葉が積っているようだった。

ふかふかと柔らかい土は、動植物や微生物が落葉した木の葉を何年も手間暇をかけて細分化したものだ。

柔らかい腐葉土の地面を踏みながら、リサはここが豊かな森であることを知った。


ふと、ゆるやかな風がリサの前髪を揺らす。


「せ、セナン…どこ!?」


目新しい景色に気を取られているうちに、目の前を歩いていたセナンの姿が消えていることに気付いたリサは、慌てて周囲を見渡す。

けれど、気配はおろか足痕すら残っていなかった。


(ど、どうしよう! 突然置き去りにされたってッ…私、この森を知らないし動けないじゃない…)


突然の失踪に、リサは頭の中が真っ白になるような錯覚を覚えて立ち尽くした。

凶暴そうな鳥の声に怯え、頭上を見上げるけれど姿はなく、耳許を甲虫の羽音が掠めていく。

それは、いつか聞いたカメムシのものに酷似していた。


(いぎゃあああっ…カメムシぃぃ!!)


─────ブルッ…!

背筋を這い上る切迫感、そして逼迫した空気に突き動かされたリサは、鉛のように重い『本能』がゆっくりと首をもたげるのを感じて身震いをした。


どうすればいいのか解らない。

分からないけれど、本能は“進め”と囁きかけてくる。

鼻が利かない訳ではない。

けれど、今の自分は知識が少なすぎて追跡は不可能だろう。


(まずは知識だわ。知らなければ、先に進めないもの!)


庇護がなければ動くことも儘ならない自分がひどく情けない存在に思えて、リサはきつく唇を噛み締めた瞬間────。


「きゃあっ!」


唐突に激しい葉ずれの音と、土を踏む着地の気配にリサは思わず尻餅をつきそうになって二の足を突っ張った。

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