03
「言い過ぎたわ……ごめん、貴方が嫌いという訳ではないのよ。ただね、こういうことをするには時間が浅いと言いたかったの」
「俺こそ、ごめん……」
「次に活かせばいいわ。さあ、この話はもうお終いね…もう日も昇っているみたいだから、そろそろ行きましょ。ね?」
なんともいえない微妙な雰囲気を裂くようにして、リサはベッドに腰掛けているセナンに今度こそ起床を促した。
◇
リサは、セナンが出て行った部屋で固まった筋を伸ばすように伸びをする。
特別特典としてもらった身体だけれど、初めからこの身体だったかのように違和感を感じない。
(ふむ…)
希望どおり、歳の頃は10代半ばか後半あたり。
肌もツヤツヤ、悔しいことに胸は今の身体の方が豊かなようだ。
手足は長くて、白く滑らかな肌に包まれている。けれど触れて確かめると、大分筋肉もついているようだった。
(なんだろ、この複雑さ…)
「はあ…でも、まず問題はこの服よねぇ。泥まみれでいる訳にもいかないし…」
湯を貸してもらえるかどうか、後でセナンに訊いてみることにしてリサは気配のする方へと進み出した。
昨夜、セナンが簡単に室内の案内をしてくれたので迷うことなく台所に辿り着くことができた。
「セナン、手伝うわ。何かできることはない?」
一晩休んだだけでも、大分身体が軽い。
体調が回復したリサは、なにかできる事があれば手伝おうと思い、何かを捜してる様子のセナンに声を掛けた。
「リサ、休んでいなくて大丈夫かい?」
セナンは、必要な食材を捜して棚やら壺やらをほじくり返していた。
調味料は揃っているが、肝心の食材が不足している。
穀物に少量の野菜、あとに必要なのは主な栄養源である肉類だが…あるのは干し魚ばかりで新鮮な肉がなかった。
魚メインで、なにが作れるだろう…?
背後から掛かった柔らかな声に、拮抗していた気分が和らぐのが解ってセナンは頬を緩ませる。
(ちょうど困り果てていた所だ、なにが食べたいか彼女に直接聞いてみよう)
「大分いいわ。セナンが温めてくれたお蔭ね?」
「っ!」
頬を染めて笑う彼女は、本当に綺麗だ。
乾いた喉から出た自分の声は情けなく上ずっていて、慌てて咳払いする。
「朝御飯をと思ったんだけど、なにか食べたいものはある?」
「…えっと、それじゃあ昨夜出してくれたお粥が、食べたいかな…」
はにかんで言う彼女は本当に可愛いから、頼まれれば何でも作ってあげたい。
でも、たったの粥だけでは栄養どころか更に痩せてしまうだろう。
「えっ、そんなのでいいのかい!? いやダメだ、もっと栄養のあるものを食べようっ、待っててくれ。今すぐにでも狩ってくるよ」
サッと青褪めたセナンにギョッとした様子で尻込むリサだが、使命感に火がついたセナンは止まらない。
「え、あの…ちょっとセナン!?」
(買ってくる? それとも狩ってくる? ニュアンス的には後者っぽいような…)
「すぐ帰ってくるから、ここで大人しく待っててくれ。いいね?」
「ちょ、ちょっと…セナン? どこ行くの?」
なにかよく解らない道具(武器っぽいもの)を片手に持ったセナンを、リサは慌てて引き留める。
自分のために、わざわざ狩りに行こうとしてくれるのは嬉しいが…正直、一人にされるのがしんどかったのだ。
一人になるとどうしようもない虚脱感が襲ってくるし、身体まで怠くなる。
「リサ…?」
(温かい…じゃなかった、早く行かないと獲れるものも獲れない)
セナンは、背中にしがみついたリサを受け止めて立ち止まる。
「待って……身体はよくても、気持ちはまだまだ不安なんだ。一人は…怖いよ」
受け止めた背に震えと弱った声音が伝わってきて、セナンは何だか堪らなく
「なら、リサも一緒に来るか?」
セナンも、実は一人でリサを残すことに不安があった。もし何かあったら困るのは自分であるし、そうさせたくないのが本音だった。
「どこに行くの?」
「案内しよう。付いておいで」
木製の扉を押して出たセナンに続いて、リサも歩調を合わせて先を行く背中を追いかけた。
◇◇◇
「足許に気をつけて」
「っ、ありがとう…」
リサは、差し出されたセナンの大きな手を握りながらゆっくりと起伏の激しい斜面を降りていた。
下の方から吹き上げてくる砂っぽい風が、僅かに視界を曇らせる。どうやら、谷底には砂地があるようだった。
吹き荒ぶ鋭い風音を聴きながら、リサは眼下に広がる広大な世界を見つめた。
セナンが居を構えているのは、巨岩奇岩の多い岩の要塞だ。
『悪鬼の巣』と呼ばれている岩の要塞は、どんなにしつこい人狩りでもそれ以上先には進めない。
なぜならば、崖の周囲には広範囲に亘って広がる砂丘には場所によっては流砂があり、巨大砂漠生物が彷徨しているからだ。
その故あって、略奪者などにも荒されることのないこの場所は、岩肌が風に削られた砂漠のその下に滋養豊かな土壌と水源を有した豊かな土地だった。
起伏の激しい岩場でも、オルゴンの強靭な脚力には何の負荷もない。
初めは慣れない足取りだったリサも、セナンを追って崖を飛び移るうちに本能でバランス感覚を掴んでいた。
けれど、やはり心配なのかセナンはリサを頻りに気遣いながら、ゆるやかな勾配の砂地へと道を変えた。
「足は平気? 切ったりしていない?」
足の裏に、サラサラときめの細かい柔らかな砂を感じて、リサは声を出さずに小さく笑う。
子供の頃、裸足で濡れた砂浜を歩いた時の記憶を思い出したのだ。
「大丈夫みたい。(皮膚も頑丈なのね)砂が温かいわ…」
微笑むリサの表情に、セナンはホッと相好を崩した。
顔色も、朝よりはずっといい。
やっぱり、連れ出したのは正解だったようだ。
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