03

「一緒に粥を持ってきたんだけど、食べられそうかい?」


「あ…」


椀の中を覗き込むと、柔らかく煮込まれた茶褐色の穀物が湯気を上らせていた。


「(懐かしいなぁ)お粥だ…」


鳩麦なんて、お茶しか知らないリサはしげしげとわんの中身を観察する。

粒々とした感じは、向こうの世界でいう雑穀米に少し似ていた。


「ああ。鳩麦を柔らかく煮て塩味をつけた粥だよ、体力が落ちて腹が減っているだろう?」


言われてみて、ふと思い至る。

そうだった。

向こうの世界で一度命を失い、次元を越えたのだから随分長いこと何も食べ物を口にしていない。

再び薬湯を含んで喉の渇きを癒すが、自覚をすればする程に強い空腹感が迫り上がってくるのが解った。


「弱っている時には、この粥が一番効くんだ。さあ、食べて」


食べるよう促す優しい視線に、リサはまた泣きそうになって、ツンと鼻の奥が痛くなった。

泣きたくなる程の好待遇は、やはり裏があるのだろうか?

うっすらと考えかけて歯を食い縛る。

後々の裏切りは…脅威は、今度こそ何もないと信じたかった。

促されるまま、木の匙で軽く掬ってそっと一口味わう。

程よい塩味と粒感を残しながら、舌触りはとてもなめらかだった。


「どう……? 美味しい?」


泣くまいと思ったのに、身体に沁み入る熱と優しい気遣いが引いた筈の涙を呼び起こす。

息が詰まって声が出ないリサは、何度も頷いて青年に応えた。


「俺の名はセナンだ、君は?」


穏やかに訊ねる青年・セナンに、リサは間を措いてから小さく名前だけを告げた。


「……リサ」


この世界に、姓を名乗る風習があるのかと、ふと疑問を感じたからだ。

もし、ここにも姓名を名乗る風習があるなら自分の知る限りの知識が使えるかも知れない。


「よろしくね、リサ。同じオルゴン同士、仲良くしよう」


屈強な手が差し出され、握手を待っている。

そろそろと伸ばしたリサの手を、セナンは確りと握った。


(オルゴン? ああ、あの金髪が言ってたヤツね。

たしか、私も…純血のオルゴンだとか)


「ええ、よろしくセナンさん」


「さん、は要らないよ。余り年も変わらなさそうだから、気軽に話そう。その方がお互いに楽だろ?」


穏やかに笑むセナンに、リサはパチクリと瞠目した。

なんて、優しい人だろう。

こんな細やかな心配りができるなんて、なんて人格の出来た人なんだろうか。


「気負わなくてもいい。もう、自分が思うように好きに生きてもいいんだよ」


それはそうかも知れないが…身一つでこの世界に来たリサ自身は、まだこの世界について何も知らない。

安心を誘う手の温もりを感じながら、リサは俄かな不安を覚えた。



(な…なんか凄く視線が刺さるんだけども)


鳩麦粥を完食したリサは、向かいでニコニコしているセナンに首を傾げた。

柔らかな金の髪の一房が、首筋をゆるやかに滑り落ちて肩口で揺れる。


「身体は温まったかい?」


こくんと頷いたリサに、セナンは喜色を浮かべて再び彼女の頭を撫でる。


「良かった。見つけた時はどうなるかと思ったが…無事でなによりだ」


まだ警戒しているリサはセナンの出方を窺っているが、当人は気にした風もなく鷹揚に笑って太い毛糸をざっくりと編んだ風のブランケットを手渡した。


「だがその薄着では、せっかく温まった身体がまた冷めてしまうからね、それを着るといい」


「…本当に、何から何までありがとう。…温かい…」


セナンがくれたブランケットは、とても肌心地がよくて、顔を埋めると陽向ひなたの香りがした。

そして、彼の心遣いが直に感じられるようでリサは胸に強い熱を自覚する。

もしかしたら、顔も赤くなっているかもしれない。


同族なかまを助けるのは当然だよ。それが生涯で万分の一の確率で見つけた同族なら、なおさら」


「万分の一…」


(そうだ…神が言ってたっけ。オルゴンは人狩りに狩られて民族として成り立たないくらいに激減したって)


「ああ。オルゴンは古くから奴隷商人に狩られて絶滅寸前だから…滅多に肉親以外の同族、しかも異性に逢う率は低いんだ」


「うん…」


(だろうなぁ…もし一生の内に同族に逢えなかったら、孤独死だもの)


孤独死、自分もそれは嫌だ。

深海に沈むような孤独を思い出したくなくて、リサはギュっと強く目を瞑る。


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