6話 邂逅

◇◆◇


肉親以外に初めて出逢った同族の女性…彼女は黒くて上質な、そして見慣れない衣を着ていた。

…しかし、この際の問題はそこではない。


(まさか……純血種?!)

 

自分のように故意に染めつけたものではなく、生粋の金色の長い髪に白い肌。

そして、くっきりとした二重で少し吊り目がちな目許は、オルゴン共通のものである。

それにしても、随分とやつれている。

果たして…どれだけの遠路を、やって来たのだろうか…。

まだ幼い部類に入るであろう彼女には、辛い旅路だったはずだ。

オルゴンは、見つかれば狩られる。

でももう、どこに逃げる必要がない事を教えてあげたい。

それが、今の自分にできるせめてもの毒抜きだ。


(こんなに汗をかいて……)


苦しげに浅い呼吸を繰り返している、彼女の寝顔を見た瞬間だった。


「うっ…!」


頭痛と激しい耳鳴りのあと、唐突に脳裡に衝撃と共に映像が叩きつけられてきた。

あまり明瞭ではないが、何らかの屋内なんだろう。彼女と似たような黒い衣を着た人が、大勢行き交っている。

みな一様に疲れきって、怒ったような難しい表情をした人間もいた。

ごみごみしい雑踏の中、階段を浮かない顔の彼女……顔立ちも何もかもが異なるのに、何故か彼女だと判る女性が昇っていて、突然走り込んできた女にぶつかられる。

あっ、と身を乗り出してみるけれど、そこはただ広い真白な空間に映像が映し出されているだけで、実際に関与できるという訳ではないようだった。


映像の彼女に触れられない悔しさに、歯を食いしばる。

手が届けば、自分ならば彼女を助けられるのに。

足が、そのまま地面に根を張ったかのように動かない。

そのまま投げ出された彼女の身体は、地面に叩きつけられ…大量の血液を飛び散らせた。

掛け込んで行った女といえば、なんの問題もなく自動ドアの向こうに滑り込んでいったではないか。


(なんて女だ、人一人の命を奪っておきながら振り返りもしないなんて!)


意識の中で再生されていた映像は、そこで突然立ち消えた。


「はあ……はあ……」


(なんだろう、彼女から…一瞬、感情が流れ込んできた)


さっき、一瞬見えた世界はなんなのだろうか。

初めて見る、面妖な景色だった。

地面は黒くて硬いもので覆われ、空を鉄の塊が飛ぶ。

空気は汚れ、緑が少ないまるで箱庭のような世界で、人間達はみな生気のない顔で、幽鬼のようだった。

彼らはきっと、奴隷として行使されていたに違いない。

窮屈な衣を着せられ、重い荷物を持たされ…。

だから、あんなに疲れ切っていたのかもしれない。


もう一度、寝息で胸を上下させている少女を見る。

二重の目許を縁取る長くて繊細な睫毛が、濃い影を落としていた。

吊り目がちで特徴的な目許、ハッキリとした目鼻立ちの整った美貌が示しているのは…自分と同じ、狩猟戦闘民族・純血のオルゴンだということ。

疲労の色が濃い彼女の頬を撫でて、思わず溜息が出た。


よく、見つからずここまで辿り付いてくれた。


今時世の奴隷商人は、出没場所を決めずどこにでもうろついているから、撃退するほか手立てがないのだ。

しかも、奴らはしつこい。一度狙いを定めた獲物は、どんな手を使っても手に入れようとする。

そう言えば、彼女は“ある人の量りで、旅をしてきた”と言っていた。

それは、誰かが彼女をオルゴンの未来のために逃がしてくれたということだ。


(俺の所に、彼女を運んでくれた誰か……ああ、感謝します)


顔も知らない恩人に、大きな御を感じて黙礼する。

恩を無駄にしない為にも、自分はこのを護らなければ。


「早く、よくなればいいな……」

 

探究心が湧きあがるものの、彼女の身体はまだ万全ではない。 

取り敢えずもう少し、ゆっくりと時間をかけて休ませば体調も回復するだろうから、今は熱冷ましの薬を作って、彼女に飲ませるのが先決だ。

…苦い薬ではないけれど、飲んでくれるだろうか?

そうだ、まだ名を訊いていなかった。

あとで訊いてみよう。

彼女とはぜひ、もっと話してみたい。

どこから来たのか。

なにを見て、知識を蓄えてきたのか。


(知りたいんだ、君はどこから来たの?)


それにしても、賢そうな顔立ちの子だ。

いくつ位なんだろう?

自分とあまり変わらないようにも見えるけれど…

いや…歳に関する詮索はやめよう。

女性に、年齢を訊ねるのは失礼だ。

せっかく出逢えたのに、初対面から嫌われるのは是が非にも避けたい。

万分の一の確率で揃った同族だから、大事にしたいのだ。


(オルゴンは絶滅危惧種…懐に入れた者は、身を呈しても護る!)

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