愛くるしい彼女。
たまこ
第1話
「キャロラインは美しくはないだろう。」
「この婚約の話は無かったことに。」
聞き慣れた声で語られた言葉に、心が壊れる音がした。私が唯一愛した人に、私は嫌われていたのだから。
◇◇◇
私、キャロライン=グラナードは、侯爵家の長女として生まれた。両親は優しく、大切に育ててくれてはいたが、妹のマリアが病弱で、そちらに手が掛かっていた。
両親にあまり構われず、退屈していた私は、いつも幼馴染のロビン=クリスフォードの所へ押し掛けてばかりいた。
ロビンは二つ年下だが、読書家で妙に達観しているような、子どもらしくないところがあった。私は本に夢中なロビンの隣で、のんびり過ごすことが大好きで、その時間だけは私らしくいられた。
「•••キャロラインは退屈じゃないの?」
ある日、ロビンの部屋でゴロゴロと転がっている私にロビンが尋ねた。
「ううん!全然!私、ロビンといる時が一番すき!」
ロビンは私の答えに「ふうん。」と気の無い返事をして、また本に夢中になっていた。
ロビンの家は子爵家で、爵位が高い私が訪問すると気を遣う使用人も多かったが、ロビンは爵位の違いを気にすることは無く、ロビンの隣は居心地が良かった。他の場所でも、爵位が高いことで嫌なことが多かった私は、ロビンの存在が有り難かった。
また私は、生まれつき両親とは違う髪色の、意地悪そうな赤毛に幼い頃から辟易していた。目付きも吊り上がっており、きつい印象を与えた。物心ついた頃から「悪役令嬢みたい。」という陰口は、数え切れないほど耳に入ってきた。そんなこともロビンは気にしておらず、いつも飄々としていた。
「もう、この髪色いや!みんな意地悪いうんだもん!」
「そう?僕は可愛いと思うけど?」
両親にも誰にも言えずに、毎回ロビンに泣き付いていた。ロビンはサラリとそう言うのもいつものことだった。
「ロビンの嘘つき!これ悪役の色だって!みんな言ってるもん!」
「みんなのことは、よく分からないけど。僕には愛くるしいけどなぁ。」
そう言ってロビンはいつも私の赤毛をふわりと撫でた。幼い私は、愛くるしい、なんて言葉の意味はよく分からなかった。だけど、何故だか恥ずかしくなって、いつも顔を熱くさせられていた。
◇◇◇
悪役令嬢、と呼ばれるもう一つの要因として、性格が苛烈なことも良くなかった。
病弱な妹、マリアがお茶会や交流の場に来れないことを良いことに陰口を叩かれることが多かった。私はそれを許せずにいつもきつく言い返してばかりいた。
陰口を言ってくる子どもたちは、自分が陰口を叩いたことは隠して、私に言い返されたことだけを大人へ言い付けるので、その頃の私は叱られてばかりだった。
「キャロライン、謝りなさい。」
一生懸命、妹を守っていたのに、両親から重ねられたこの言葉に、ある日限界が来て、私はまたしてもロビンの部屋へ逃げ込んだ。
「もういやだ。私、ロビンといたい。他の子といたくない。ずっとロビンとだけ一緒にいたい。ロビンがいい。」
支離滅裂に状況を伝えた後、そんな風に駄々を捏ねて、大泣きして、気が付いたら泣き疲れて眠ってしまっていた。ウトウトする中、「愛くるしい僕のキャロラインを虐める奴は退治しないとね」と聞こえたのは、恐らく夢のことだろう。
しばらくして目覚めたら、自分の部屋に戻っていて、何故か両親に今までの事を謝られた。そして、陰口を叩いていた子どもたちも、入れ替わり立ち替わり謝罪にやってきた。何故解決したのか、誰も教えてくれなかった。
同じ頃、ロビンがお茶会や交流の場に参加できる年齢となったので、それからは私はいつもロビンと一緒だった。その頃から、何故か陰口は格段に減っていった。
◇◇◇
いくつになっても、ロビンの部屋でのんびりと過ごす時間は無くならなかった。ロビンは読書をして、私はゴロゴロして。少し大きくなると、一緒に勉強することも増えた。
無言で何時間も過ごすことが殆どで、ロビンのお父様に「退屈していないか」と心配されたり、ロビンのお母様にお茶に誘われたりしていた。その度に私は、ロビンと過ごすこの空間が一番好きだと伝えるが二人は納得いかないようだった。
◇◇◇
ある日のこと。
いつものようにロビンの家へ訪問すると、使用人から「今、ロビン様は、旦那様とグラナード侯爵様とお話中です。少しお待ち頂けますか?」と、ロビンの部屋ではなく応接室へ通された。
(お父様、ロビンとロビンのお父様にどんな御用だったのかしら。)
キャロラインは、ロビンの家に入り浸っているが、父が訪問しているのは珍しい。
待ちくたびれ、お手洗いに向かうと途中の執務室から、声が聞こえてきた。
「これは良い縁談だと思うよ。」
(ロビンのお父様の声だわ。だけど、縁談って•••。)
「娘は、きつい所もあるけれど、しっかり者で優しい子だと思うよ。身内贔屓だけどね。」
(お父様!きつい所もある、ってことは•••。)
妹のマリアは、やはり病弱ではあるが、穏やかでおっとりしたタイプだ。グラナード侯爵家には、キャロラインとマリアしか子どもはいない。
「キャロライン嬢は、ロビンとも親しいし、問題ないだろう。美しい子だしね。ロビン、どうかな。」
(やっぱり私のことだわ!)
キャロラインは浮き足立った。ロビンとずっと一緒にいられたら、どんなに幸せだろう。キャロラインは色恋には疎かったので、ロビンへの想いが恋心かは分からなかった。だが、婚約するならキャロラインの居場所である、ロビンが良いと願っていた。
「時期としても良いと思うよ。」
ロビンの父が、後押しするように言った。ロビンは十六歳、キャロラインは十八歳、婚約を結ぶ適齢期だ。
(ロビン、お願い。)
どうか、婚約を受けてほしい、と神に祈る。しかし、キャロラインの願いは、すぐ打ち砕かれてしまった。
「キャロラインは美しくはないだろう。」
「この婚約の話は無かったことに。」
聞き慣れた声で冷たく、撥ね付けるように語られた言葉に、全身が引き裂かれたような強い痛みを感じた。身体の奥底から冷え、手足の感覚が無い。その後の声は聞こえなくなってしまった。
キャロラインは、心の片隅に残っていた気力を引っ張り出し、クリスフォード家の使用人へ「体調が悪くなったので帰る」と伝えた。そこからどう帰ってきたかはよく覚えていない。気が付いたら、自分のベッドの中で泣いていた。先程まで分からなかった恋心をしっかりと自覚した時には、もう失恋してしまっていたのだから。
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