血浴びのライラック

ラムココ/高橋ココ

第1話 一人の令嬢の勇気から始まるのは

「ミルア・ヴァーリア伯爵令嬢。君との婚約を破棄する」

「え、な、なんで急に・・・・・・」

「ごめんなさいお義姉様・・・・・私がフェリック様を愛してしまったから・・・・・」


 突然告げられた言葉に思考が停止する。


 幼い頃、まだ母が生きているときに婚約を結んだ、侯爵家の次男である一つ歳上のフェリック・メキアドル様。久しぶりに見たフェリック様の隣には義妹のフレンダが寄り添っている。彼もフレンダの腰を抱き寄せ、私は二人の関係を目の前で突きつけられた。


 なんで? 今日は初めて参加させてもらえた夜会でドレスも初めて着飾ってもらえて・・・・

夜会に参加しろと言われて驚いたけど、まさかこのために・・・・


 脳裏に父の冷めた顔が浮かぶ。ああ、多分、これを機に私は多分追い出されると思う。

婚約破棄された可愛くない娘なんか、家の恥だし不要だろう。


 控えている父の顔を見やると、相変わらず冷めた顔で私を見つめていた。だがその目はどこか喜びの色を帯びているように私には見えた。




♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 外は、先程の出来事と私の心を表すように、空はどんよりと曇り雨もポツポツと降っている。

そんな中、私は馬車に揺られ、全てが変わったあの日から今までのことに想いを馳せていた。



 母が亡くなり喪が明けると、悪びれることもなく堂々と父が連れてきた義母と義妹のフレンダ。政略結婚で母と結婚した父は、女だてらに騎士を務めていた母を蛮族だと見下し、ずっと不満を抱いていた。

だから病で日に日に弱っていく母の姿を見て嬉しかったことだろう。母が死ねば、自分の愛する女である愛人を後妻として妻に据えることができるんだから。そうなると、唯一邪魔になるのが母の娘である私なのは当然だろう。

 やってきた義母は私に無関心。実の娘であるフレンダだけを一心に可愛がり甘やかす。父の関心も当然の如く実の娘のはずの私ではなく、フレンダだけだ。

フレンダは滅多に話しかけてはこないけれど、私に自慢したいときだけ話しかけてくる。

侍女も付けてもらえず、身なりの地味な私を見て優越感に浸りながら自慢話を聞かせる。


 オイルなど手入れ道具なんかないためにパサパサとした野暮ったい黒髪。唯一、珍しいと言われる母と同じライラックーー薄紫色の瞳と真っ白なシミのない肌だけが自慢だけれど、活かせなければ意味がない。服はどれも夜会には着て行けないような地味なドレスだけ。


 そんな私が夜会に参加できたのは、夜会という衆人環視の場で婚約破棄され家に泥を塗ったという私を追い出す理由を作るためだったのだろう。


 父の策略、というより人を陥れることが得意なフレンダの策略だろう。私が婚約破棄されても戸籍上はヴァーリア家の娘であるフレンダがフェリック様ーーメキアドル侯爵子息と結婚すれば、婚約者が姉妹で変わっただけで他は変わらない。フェリック様を籠絡したのも策略のうちだったのだと思う。まあ家格が上の家と結婚して玉の輿に乗りたい、というのもあったと思うけれど。



 なんだか改めて考えると、今から邸に帰ってもどうせ追い出されるんだから意味がない気がしてきた。

あの性悪家族のことだから追い出されないという可能性はほとんどないと思うし。


 それだったらもういっそのこと、逃げ出して平民として暮らそうかしら? 幸い、身の回りの世話をしてくれる侍女なんて付けてもらえなかったから着替えは一人でできる。というか自分のことは大抵できる。


 そうと決まったらこの馬車から逃げ出そう。速さはそんなに早くないから飛び出しても平気なはず。かすり傷ぐらいは覚悟しないといけないと思うけれど、なりふり構ってはいられない。この家から逃げるために。


 私は目をギュッと強く瞑ると勢いよくドアを開け馬車から飛び出した────。




♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 ガキンッ


 高い金属音と手に握っていたものがなくなる感覚にハッと我に返る。


 目の前には見慣れた顔の男が私の首元に剣を当てている。剣といっても、刃は潰してあるので怪我の心配はない。


「試合中に考え方か? まさか俺が勝つとはな、いつものお前じゃありえない失敗だ」


 首元から離した剣をくるくる回しながら問いかけてくる。


「はは・・・・ちょっと昔のことを思い出しちゃって。しっかりしないとな」


 彼の名前はルイス。私と同い年の傭兵仲間だ。


 あのとき意を決して馬車から飛び降りた後、私は馬車がが追いかけてこないようすぐに走って逃げた。

護衛がつけられてないのは幸いだったというか、とくに捕まることもなく逃げることができた。


 王都の街に着くと私は腰まであった長い髪は肩あたりでばっさり切り、夜会に行くために身につけられた宝石や髪飾りなどの宝飾品と一緒に換金してしまった。後悔はない。逆になんだかすっきりしたくらいだ。

 そのお金で私は男性用の服を購入した。店員には女でドレス姿の私がなぜ男性の服を買うのか訝しげにジロジロ見られたが、なんとか誤魔化してやり過ごした。

なぜ男性用かというと、少しでも身バレの可能性を減らすためだ。私は平均より身長は高いため、胸にサラシを巻いて男性用の服を着ればなんとか男だと誤魔化すことができる。


 そのあと着ていたドレスも売り、街をぶらぶらと適当に彷徨っていたところ、私は偶然傭兵募集の要項が書かれた用紙を見つけた。


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☆傭兵募集中☆


■入団規約


·希望者は成人男性であること。女性の入団は受け付けない。

·給金は功績、位に応じて昇給する。初任給は200ペル。

·最低限の衣食住は保証する。

·非常時の召集には必ず応じること。これに反した場合、退団、もしくは大幅な減給·降格に処す。

·非常事態により死亡した場合、その遺族に対し傭兵団は一切の責任を負わない。

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・傭兵同士のいかなる争いも認めない。これに反した場合、減給もしくは降格に処す。


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 これは私にとってとても魅力的な条件だった。行く当てもなくそのままでいれば、いつかは所持金も尽き、家無し子として餓死する未来が待っている。だから衣食住を保証してくれるというのはこの時の私にとって、飛びつく以外の選択肢はなかった。


 命の危険があるかどうかなんて関係ない、このままだったらどうせ死ぬんだ、だったら危険でも強くなって死ななようにすればいいじゃない! 女子禁制なら男装してでも入るのよ!


 幸い、母がまだ元気だった頃、私は女騎士だった母から剣を教わっていた。自分の身を守れるようにと、基本的なことを教えてもらうほか、応用や母との模擬戦までしたこともあった。本来なら剣を持つなんてあり得ないような伯爵家のお嬢様として生まれた私は、剣を扱うお母様がどこか遠いところにいるように感じていた。けれど剣を教えてもらったことで、まだまだ及ばないけれど、母と通じ合えた気がしたのだ。それに単純に剣を振るうのはとても楽しかった。

 母が亡くなってからは、母が私に残してくれた形見である剣を毎日振っていた。だって、父や義母は私を外に出してはくれなかったから。

 だから傭兵になってもすぐに死ぬことはないだろう。

 

 こうして私は傭兵団に入った。馬車を抜け出し、傭兵団に入団した16歳からもうすでに5年も立っているけれど。

 この5年の間、非常時招集令は一度だけしかなかった。いや、一度もあった、の方が合っているかもしれない。

 今まで我が国、周辺国含め戦争らしい戦争はなかったが、現在急速に成長しているラトニア帝国が他国をどんどん侵攻し始めているのだ。

 

 3年前、私が19歳の徳、帝国の魔の手はついに我がイーエルズ王国にまで及んだ。傭兵団や騎士団に所属している者はほぼ戦争に駆り出され、私も例外なく前線へと送り出された。

 私が今ここに立っているのは、私の努力と仲間との共闘のおかげだ。戦争において、仲間というのは非常に大切なもの。共に戦う仲間がいなければ、すぐに死を迎えることになる。 

 それと同時に孤独でもある。戦争というのは──特に前線に立つ者は、いつ自分が死ぬかわからない、数秒後、数分後には死んでるかもしれないのだから。

 

 あの戦争ではギリギリ我が国の勝利で帝国側が引いたが、いつまた攻めてくるかわからない。

今日、明日、また非常時招集令が出されるかもしれない。


「・・・もう前線に立つことがないといいな」


「急にどうしたよ? けど、それはないだろ。また帝国は攻めてくるぜ」


「そうだな、俺もそう思う」


 思わず呟いてしまった。誰だって戦争、ましてや前線に立つなんて嫌に決まっている。でもそれが騎士や傭兵の義務なのだから、所属している以上、文句は言えない。













────────三年前のイーエルズ王国・ラトニア帝国間の戦争にて、あるひとつの記録が残っている。



(とある兵士の言葉)


 ────あの時のことは、俺は忘れられない。長い黒髪を一つに縛り、まるでライラックのように美しい薄紫の瞳を持つ、戦場には不似合いなほど美しい男が、俺と戦ってきた仲間の首をまるで紙をスライスするように飛ばしてくんだ、忘れろという方が無理に決まってる。俺は悪夢でも見てるのかと思ったさ。しかも接近されても気付かないほどのスピードで次々と敵の首を刎ねる。見えるのは不可視の速さで駆け回る閃光だけ。気付いたら戦場がかつての仲間たちの死体で溢れてるのにはおもわず言葉を失ってしまった。そしてあの男の姿を目に捉えた瞬間、俺は背筋が震えた。わずかに残った仲間たちも俺と同じく背筋が震えたに違いない。彼はおびただしい量の血を体から滴らせていたんだ! 自分の血ではない、敵の首を刎ねるときに浴びたのだろう。その姿は冷酷でおどろおどろしいももの、とても美しく感じたのを覚えている────






 この日、帝国が再びイーエルズ王国へ侵攻を開始したとの報告がなされた。


 


 帝国は再び悪夢を見るのか、それとも勝利の歓喜に震えるのか─────

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