⑨ 4月11日(土)・休戦期間

「……知ってる天井だ」


 俺、四季しきめぐるはベッドの上で呟く。カーテンの隙間から差し込む日の光に、鳥の鳴き声。朝だ。

 俺はのそのそと起き上がり、顔を洗うために洗面所に行く。辿り着いた鏡の向こうには、目の下に隈を作った不健康そうな男が居た。


 4月8日あのひから3日が経った。

 その間、俺はろくに寝れていない。目を瞑るとどうしても考えてしまうからだ。あの日起こった事、巻き込まれた事件と突き付けられた現実を。


「……忘れられるわけ、ねえよ」


 結局、忘却あの薬は飲まなかった。白い液体の入った薬瓶は目覚まし時計の横に転がっている。


「でも、どうすればいいかなんて……」


 あの日から、俺と彼女たち――春咲はるさく朱里あかり冬野ふゆの理沙りさ夏目なつめ優乃ゆうのとの関係は変わった。


 異常なことは起こらない。無理なラブコメ展開も生じない。ただ、無難に普通に、うわべだけを撫ぜ合うような……そんなやりとりが、彼女たちとの日常になってしまった。

 それは、少し前までの俺なら歓迎したことなのかもしれない。失くして困るような関係なら持たない方がいいと思っていた俺の理想のように、「有っても無くても変わらない」……彼女たちとはそんな関係になったのだから。

 それ、なのに。


「なのになんでだよ、このやるせなさは」


 春咲と顔を合わせて話しても、お互いに踏み込めない話題がある。彼女の動きが明らかにおかしいこと、隠して庇っている傷の容態ひとつすら、彼女は俺に踏み込ませてはくれず、弱い俺は聞くことが出来ない。

 理沙ちゃんと一緒にゲームしてても、どこか向いている方向がちぐはぐな気がする。あの日屋上で何をしていたのか、あの魔剣士を倒す算段はあるのか……それを訊いてしまうと、かろうじて形を保った関係すら崩れる気がして。

 夏目先輩とは、一番気まずくなってしまったかもしれない。俺は部室に行っても喋らず、先輩も何も言わない。俺の態度から"薬"を飲まなかったことは察しが付くのだろう。ただ彼女は「忘れて欲しい」と望み、俺がそれを受け入れない、無言のやり取りだけが続いている。

 つまり俺が夏目先輩の言葉を聞いたのは、あの日が最後。

『……私たちの肩書も、関係も……所詮は『偽物』、ですから』

 あれが最後だった。


 そうだ。分かっている。

 彼女たちは「俺」と関わりたかったわけじゃない。ただ「四季巡おれの持つ情報」が欲しかった。だから嘘をついて、異能ひみつを隠して、俺との「偽物の関係」を築こうとした。


「……分かってるよ。16年で思い知ってる。『俺がモテるわけない』ってことくらい」


 春咲が「信じて欲しい」と俺の手を取ったのも。

 理沙ちゃんが「お兄ちゃんって呼びたい」と言ってくれたのも。

 優乃先輩が「嬉しかった」と笑ってくれたのも。

 全部偽物の嘘っぱち。本当なら俺なんか歯牙にもかけない綺麗な女の子たちが、俺を騙して親愛を勝ち取るために演じただけ。


 だとしても。


「それでも、やっぱツラいなぁ……」


 彼女らの笑顔も、態度も、俺を篭絡するための手段だと考えると、俺の心は静かに軋んだ。味気ない日常を彩った鮮烈な思い出が、途端に苦いものへと変わっていく。

 俺は再びベッドの上に身を投げ出した。今日は土曜日、折角の休日だというのに何もする気が起きなかった。


「はぁ」


 何もする気が起きない、は正しくないか。

 俺は迷っているのだ。自分が何をすればいいか分からない。何かをする「理由」が見つかっていない。だから迷子になっている。


 隠し事をして近づいてきた彼女たちを嫌えばいいのか。

 それとも魔剣士アイカの予告により危機に瀕した彼女たちを救えばいいのか。

 または何もせず全てを忘れるか。


 そのいずれかを選ぶ「理由」が、俺にはまだない。嘘をつかれていたとはいえ嫌うほどの不当な扱いを受けたわけでもないし、危険を冒してまで助けに行ける勇気もそんな仲でもないし、かと言って全てを忘れ去るのは逃げているだけだし……。

 いや、今までだったら逃げていたかもしれない。何も知ろうとせず、何も望まないから何も奪うなと……けれどなぜか今回、その道だけは選べなかった。

 その言葉にできない「理由」。何かを拒否しても、何かを力強く選べるわけでもない俺の中の小さな「理由」に、俺は今日も他のことをする気力を奪われている。


「……ていうか『理由』で思い出した」


 ここで俺は思い至る。


「……俺、別に何の情報も持ってないんだが。それって狙われてる理由と噛み合わなくないか?」


 そう。なんか色々ありすぎて忘れていたが、この話の趣旨はこうだ。

 ——「異能者たちが他陣営を蹴落とすために、俺が持つ『宝の鍵じょうほう』を得ようと年の近い異性を送り込む」。

 だが、俺は「宝の鍵」など持っていない。そんなもの親父から貰った覚えはない。断じて、である。


「……あれ? これってもしかして、バレたら口封じコロされるレベルの秘密ことじゃねぇ……???」


 なんか割とまずい気がしてきた。特に春咲とか、あの日の素顔カンジだと何も知らないと分かったら俺の事真っ先に口封じしにきそう。

 いやいやいや、ちょっと待ってくれ。それは流石に勘弁してほしい……いったん冷静に考えてみるか。



 ——俺の親父・四季すすむについて。

 秋月が言うには「超常殺し」っていうスゲー人らしい。でも、俺はそのことをこの前知った。

 俺にとっての親父は「たまに家に来る人」。そんな印象だ。ただ愛情が足りて無いとは思わない。親父は俺にもわかるくらい親バカだし。

 ただ……ここ一年、顔を見ていない。連絡は元々取れないし、たまにはそんな時期もあるのだろうと思っていたが、なぜか死んだとかそういうことは疑ってこなかった。それは多分、あの日感じたような「強者のオーラ」みたいなものを、親父からも無意識のうちに感じていたからだと思う。


 そんな親父から託されたものだが――これがマジで覚えがない。

 最後に交わした会話は「彼女いるのか」「居ない!? 嘘だろ」「モテると思うんだが」「こんなイケメン(*親目線)なのに」「見る目の無い奴らだな」「お父さんおまえと同年代の子と知り合いなんだが今度紹介しようか?」「まぁおまえがいらないって言うならいいんだが……」云々、延々とそんなバカ話しかしてなかった。もしあれが最後の会話だったらちょっと恨むレベル。


「(というか、今思えば……『託す』とか『預ける』とか、マジでしてこない人だったな)」


 親父は自分のことをあまり話さなかった。

 多分、分かっていたのだろう。何かを託してしまえば、預けてしまえば……俺が否応なく「異能者」の世界に、「超常殺しの息子」として生きなければならない世界に巻き込まれることが。

 だから、隠した。徹底的に。

 その結果俺が親父から受け継いだものは、この健康すぎる肉体と金銭くらいで、他には何もない。それを冷たいことだとは、ことの経緯を知った今は思えないが。


「……てか親父って今生きてんのかなぁ」


 ちょっと不安になってきた。例の魔剣士やそれと同レベルの奴らに恨まれてるんなら、結構心配だ。俺は昔の親父の言葉を思い出す。


『大丈夫だ、巡。お父さんは絶対におまえを1人にしない。少なくとも、おまえが大人になるまでは』


 あれは母さんが死んだ日か。悲しくて寂しくて泣いていた俺に、親父はそう約束してくれた。


「母さん……」


 そして思いを馳せる相手は母へと変わる。



 ——俺の母さん・四季れいは故人である。俺が7歳の時、病気で死んだ。

 優しい人だった記憶がある。俺は母さんの怒った顔を知らない。思い出の中の母さんは、いつも俺か親父のことを見ていて、そして静かに笑っている。幼い俺にとって、母さんは太陽だった。母さんが居れば、見るもの全てが明るく優しい光に照らされて。


 だから母さんが死んだとき、俺は途轍もなく悲しかった。母さんが死んだという事実を思い出すだけで泣いたりした。それ以来結構な間ふさぎ込んで、小学校のグループからは完全に浮いた。思えば、俺の孤独な人生はあそこから始まったような気もする。


「(結局、母さんも俺に『託す』みたいなことはしてないよなぁ。2人から貰ったのは健康な体と、特に不自由ない生活。てか母さんって親父の"正体"知ってたのかなぁ)」


 正直言うと、今でも悲しい。10年くらい前の死を、俺はまだ引きずっている。


 ……そうだ、これが「理由」ではダメだろうか。


「……勇気もない。やり方も分からない。だけどこのままじゃいけない気はしてる。だから"とりあえずこれにしよう"。俺が動く理由」


 あの日。春咲たちは瀕死にまで追い込まれていた。そしてその下手人である魔剣士は15日、今から数えて4日後の満月の日に再び彼女らを襲うという。


「そんなに深い仲じゃないとはいえ、偽物の関係だったとはいえ……『あいつらが死んだら、俺は悲しい』。このまま何もしなかったら、多分10年以上引きずって後悔する。だからまずは一旦、話をしてみよう。皆を集めて、情報共有して、停戦協定とか作戦とかの何かを立てる。俺がその橋渡しをするんだ」


 秋月の話だと、異能者ってのは一枚岩じゃないらしい。春咲たち3人はそれぞれ別の陣営で、魔剣士1人に纏めてやられたのもその辺が関係してると思います、と彼女は言っていた。

 なら、皆で協力できれば。

 そうすれば、あのバケモノじみた魔剣士に立ち向かうすべも見つかるはずだ。


「死んでほしくない。先のことは考えず、一旦コレだけ持って動いてみよう。異能者であるあいつらに、一般人の俺の言葉がどこまで届くかは分からないけど……」


 ……俺はあの日を思い出す。

 あの日、俺は助けることも、支えることも、心配することさえ許されなかった。それは多分、俺たちの関係が「偽物」だったから。お互いに核心には踏み込まず、俺は偽物を与えられて満足して、彼女たちはその満足を良しとした。


 ならば――俺が一歩踏み込めば。

 そうすることで「本物」になった関係なら、心配するくらいは許されるのでは。


 俺は決意と言うには余りにも弱い意志を携えてスマホを手に取った。連絡先なら手元にある。あの3人と知り合った日に、勝手にスマホに入ってたから。

 今思えばあれも、異能を使ってやったのだろう。


「やるだけやってみよう。どうせ何も託されてねえんだから、失うものも無いしな」


 そうして、俺はプランを練り始めた。皆が仲良くなれる、今の俺に思いつける最高の計画プランを。


「……でも何も託されてないことは秘密にしよう、価値が無くなったら容赦なく口封じコロされちゃうかもだから」


 青い顔で呟く。

 ……どうやら、今度は俺の方が隠し事をしなきゃいけないみたいだった。


 ◆


 4月11日、国内某所。

 全国に散らばる全日本超能力者連合、木世津町内の支部にて。

 表向きは空きビルに偽装された建物の一室、消毒液の匂いが漂う医務室の中で、私こと春咲朱里は告げられた。


「――結論から言うと、完璧には治らないよ、コレ。少なくともあとは残る。一生だ」


 白色の電灯が照らす部屋の中、ベッドで横たわる私に白衣の男がそう告げる。

 同情のこもったその言葉に、けれど私は冷たく返した。


「それだけ? 『活動』への支障は?」

「そ、それだけって……分かってるのかい。3日かけて傷自体は塞いだが……胸元から腰にかけての大火傷の跡。それを消すことは出来ないって言ってるんだ」


 連合の支部で医者をやっている透視能力者の青年は、私の胸元を指してそう言う。そこには病衣の隙間から顔を覗かせた、醜い皮膚の爛れがあった。それは三日前、魔剣士によって負った傷を塞ぐため自分で自分を焼いたときの傷痕。縫合され閉じた傷が、ずきりと炎の痛みを思い出す。

 だが私はその痛みをつとめて無視しながら鼻を鳴らす。


「もう一度訊くわ。『活動』に……戦闘行為に支障は?」


 透視能力者は、まるで本物の医者のように溜息を吐いた。


「……はぁ。しばらくは鎮痛剤が手放せないだろうね。内臓の機能は『見る限り』問題ないが、なにせ肋骨が6本も斬られてるんだ。何かの拍子に傷が開く可能性もある。既にというとびきりの無茶もしているし……連合ここの医者としては、少なくとも4月中の戦闘はオススメしない」


「あっそ。で、今すぐ戦う方法は?」

「……物質創造能力者クリエイターに依頼すれば、人工皮膚と人工骨で補強できる。即日戦闘も可能だ。ただ……」

「手術に時間がかかる?」

「いや。手術自体はすぐにでも。ただ人工骨を入れた状態での激しい運動せんとうこういは、痛いよ。鎮痛剤でも消しきれないほどね」

「なら決まりね。すぐやって頂戴」


 私がそういうと、医者は再び溜息をついた。

 だがそれ以上意見することは無く、手術の準備をするべく連絡を取ったり器具を纏めたりと動き出す。私は他にやることもなく、ぼんやりとその背中を眺めていた。


 超能力者れんごうの医務室は、非異能者のものとほとんど変わらない。いかに超能力者が火を生み出したりテレパシーで会話ができるとはいえ、治療手段はあくまで一般人のものより一歩進んだレベルだ。即ち「治癒能力者」は連合には居ない。そのことを透視能力者は常々嘆いていた。


「正直、治癒系能力者が居て欲しくてたまらないよ。僕の透視能力は医療行為の役には立つけど、治すことに関して異能の域に立ち入れるワケじゃない。他者を癒す能力でなくても、自己治癒系だとしても見つかってくれれば……その人の細胞を培養して医療に活かす自信はあるんだが」

「……前にも聞いたわよソレ。……あれ、でも昔、全盛期の『連合』に治癒系の超能力者が居たって」


 私は連合内で老年の超能力者から聞いた噂を思い出す。

 連合に「治癒能力者」は居ない。だが昔はそうではなく、傷を癒す能力を持った超能力者が居たらしい。彼らが居た頃の連合は医者も医務室も必要なく、ただ数分の能力による治療を受けるだけで良かったと。

 ……だが現実として、今の連合にそんな能力者は居ない。だから私はそれをただの噂だととらえていたのだが、透視能力者は違ったらしい。


「そう。治癒系の能力は存在した——そして彼らの能力は"強力すぎた"。だからその時代の超能力者は裏の世界の覇権を握った」


 数百年前の話だけどね、と言いながら透視能力者は続ける。


「そしてその覇権は……結託した他陣営に『治癒能力者を皆殺しにされる』ことで終焉を迎えたんだ」


 ――超能力は遺伝する。親から子へ、子から孫へ。

 逆に言えば、それ以外で超能力を後世に託す方法はない。特殊な一族が皆殺しにされれば、その力を持つ者は2度と生まれてこないのだ。


 そんな歴史があったのかと内心で驚く私に、透視能力者は気分が乗ったのか話を続けた。


「こういう話は異能者世界全体で見ると珍しくない。他にも魔術師が9つの魔剣全てを保有していた時代、科学使いが歴史より300年早く銃を生み出した時代……ほとんどの時代には『裏世界の覇権を握った陣営』が居た。けれど、今はそうじゃない。次の覇権を、それを掴むための『宝』が何なのかを各陣営は血眼ちなまこで探しているのさ。16歳の少女まで駆り出して」


 最期の言葉は吐き捨てるようだった。


「……何が言いたいの? 場合によっては『連合』に叛意ありとみなして報告するわよ」


 私が言いようのない怒りを感じて医者の背中を睨むと、


「いや。ただの愚痴さ。疵を悲しめない患者への、そしてそんな患者を治してやれない自分へのね。忘れてくれ」


 そんな言葉が飛んできて、私は何も言えなくなってしまった。

 しばらく無言の時間が続く。透視能力者が治療の準備の為器具を弄る音がだけ響く中、ふと預けたスマホが鳴った。短音ではない、電話のコール音だ。


「お、着信だ。君に連絡が来てるぞ」

「誰から? 『老害』って書いてたら私は寝てるって言っておいて」

「……それ『最高議会』の方々のことだろう? 君の方が『叛意あり』じゃないのか……」


 預かったスマホを取り出しながら、透視能力者は画面の文字を読み上げる。


「えっと、『四季巡』? これって――」

「……寄越せっ」


 私は近づいてきていた透視能力者の手から強引にスマホを奪い取る。

 そして喉を鳴らして声音を調整、すぐに「よそ行き」の声を、「純情可憐な転校生春咲朱里」の声を出しながら電話に出た。


「め、メグルくん。どうしたの?」

『は、春咲。えっと、その……話が、あるんですけども』


 電話先の声は確かに巡のものだったが、その声は僅かに震えていた。


「え、うん……」


 その声を聴いて、私は「早まったかな」と思った。四季巡は3日前の出来事を目撃している。そこをつつくために電話をしてきたのではないか、ほとぼりを冷ます意味でも出ない方が正解だったのではないか、と。

 もし訊かれて不味いことを訊かれたら電波のせいにして切ってやろうと決めながら、私は次の言葉を待つ。

 ……結果から言って、それは予想外のものだった。


『——明日って、暇?』

「うん?」


 身構えたのとは全然違う方向の内容に思わず疑問の声が漏れ、しまったと思う。

 だって……これはしかないだろう。

 一応察しの悪い純情女子の擬態で理由を尋ねてみる。


「えっと、なんでかな」

『あーいや、暇じゃなかったら全然いいんだけど、そりゃ春咲ほどの人になると引く手あまたで当然だし、断ってもらっても全然全く問題ないんだけど……』


 はやく言えよ。

 その念が通じた訳ではないだろうが、直ぐに確信は飛んで来た。


『明日、遊ばない? 駅前のショッピングモールで』


 やはりデートのお誘いだ。私は演技のギアを上げ、努めて嬉しそうな声を出した。


「もちろん良いよ! 時間とかは決めてる?」

『あ、うん。午前10時に駅前のバス停待ち合わせでどう、かな。その、変更になる可能性もちょっとだけあるんだけど、その時は教えるから……』

「分かった! 楽しみにしてるね!」


 そう言って私は電話を切った。正直これ以上の長電話は私の精神衛生上よろしくない。電話越しに笑顔を保つのも、四季巡の歯切れの悪い言葉を聞くのも、できれば病み上がりには遠慮したい仕事だ。

 溜息を吐く私の豹変具合を面白そうに眺めている医者もどきをぎろりと睨みながら、私は注文を追加する。


「……という訳よ。手術は明日10時に間に合うようにやって頂戴」

「やれやれ。君の任務も大変だね」


 呆れたような、揶揄するようなその言葉に。


「……ええ。これ以上ないほどに、ね」


 心の底からそう溢して、私は胸の火傷に触れた。


 ……あの日のことは、詳しくは覚えていない。

 ただ、瀕死の私は四季巡の助けを拒み、能力まで見せて彼を拒絶し距離を取った。それだけはハッキリと覚えている。

 作戦から考えれば愚かな行為だった。彼の助けを受け入れて、弱弱しく縋って、ガス爆発に巻き込まれたとでも言えば騙せたかもしれない。いや、寧ろそれが最適解だっただろうと今なら思う。だったらなぜ、自分はそうしなかったのか。

 極限状態で騙す余裕がなく本音が透けたのか? 敗北の直後で気が立っていた可能性は? それとも、他陣営の異能者と一緒だと誤魔化しきれないと思った?

 なんとなく、それが答えの全てではないと春咲朱里は考えていた。


 ……偽物の関係で良かったはずだ。四季巡との関係を完全に「任務」と割り切れていれば、あそこでも最適解を――偽物の春咲朱里を演じれたはずだ。それを演じきれず、本音を吐いてしまったのはなぜなのか。


「(……ホント、鬱陶しい任務だわ)」


 私は声には出さず、心の中で重々しくそう呟いた。


 ◆


 ……そうして俺の手によって、その連絡は春咲朱里だけでなく、冬野理沙、夏目優乃にも届けられた。

 内容は一律同じだ。「明日、駅前のショッピングモールに遊びに行こう。集合時間は朝10時、集合場所は駅前のバス停」。


 そして、3人には自分以外の2人が来ることは伝えていない。


「これで準備は整った……そして、もう後には引けない」


 俺は冷や汗を流しながら、目覚まし時計をセットした。

 彼女らは怒るだろうか。帰ってしまうだろうか。……まさか人前で殺し合いを始めはしないよな?

 心配事など無限にあるが、それでももう前に進むしかない。


「さあ、楽しい楽しいハーレムデート、もとい仲良し大作戦の時間だぜ!」


 そうして、俺による俺のための、彼女たちの命を救うための作戦の幕が、切って落とされた!


「てか頼むから楽しい時間になってくださいお願いします神様、つまんな過ぎて帰られるのだけは勘弁で……ッ」


 ……切って落とされた。

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