ホルマリンの中の脳③

私は確かにこのデスゲームで死に、脱落した。

だが現に今、私の脳とはまだ残っている。

なぜなら私がこのデスゲームに参加する直前、私は主催者と取引していたからだ。



「一つ、このゲームの勝利とは別に私の望みを聞いてもらえないだろうか?これが認められるのならば、私はこのゲームに参加しよう」


『はい、聞きます。ただし、返答はあなたの望み次第となります』


「私がこのゲームで脱落した時、他の参加者がどのようにこのゲームを進めていったか知りたい。それが、私が提示する条件だ」


自らの思考力・発想力が状況を左右するこのゲームにおいて、自分よりも素晴らしい思考を持つ人間が必ず現れるだろう。

私にとって「思考はどんな発明よりも至高の宝物」なのだから。


このゲームは私の人生とトレードオフ。

これを逃すと文字通り一生もうこんな機会は現れないだろう。


『そうした場合、あなたは既に死んでいるでしょう。その前に、私はあなたが勝つことを望んでいます』


「残念ながら、私の勝利を望むのは、私を選んだ時点で失敗している。

私にとってあの優勝景品は興味がないのだから。私が欲しいのは自分の世界ではなく、他人の世界、他人の見えている世界だ。私が既に死んでいる件に関しては考えがある。私や他の参加者が死んだら、消滅と称して死体をあの無の空間に持っていってくれ。私は事実上の死をおこすが仮死状態になっているはずだ。もし君達のルールで死体を復活させることができなく、禁忌だとしても仮死である私の蘇生はそのルールに含まれないだろう。私の望みが達成されたのなら、私を殺しても構わない。多少ゲームのルールも破ってはいるが、ゲームは変わらず進行できるはずだ」


『それならゲームの進行に強い影響を与えないでしょう。しかしそれが実現されるとき、必ずあなたの敗北を招きます。本当によろしいのですね?』


「ああ、構わない。補足するならばこの望みは、私が一生かけても作ることが不可能だと思っていた発明品とも関係している。一生をかけて作りたかった発明品、その名も『走馬灯復元機』。死体に残された存在と記憶の残滓ざんし、残されているその人の経験した情報を送ることにより、別の人物にその死体の経験を追体験させる機械だ。送っている情報は存在の残滓なので、死体が脳死でも問題なく稼働する。このゲームが始まったら私はこの機械の発明に取りかかろうと思っている。君達主催者は、私が発明しているところをじっくり見ていて構造を覚えておいてくれ。そして、私の脳を蘇生した後この機械を取り付けて、脱落した参加者の死体も随時ずいじその機械に取り付け、その参加者の情報を私に送ってもらいたい。そしてもう一つ。この一連の望みは、私が一番最初に死んだ場合だけで構わない。私は、自分の発明品に満足したら早めに死ぬ予定だ。そんな私より早く死ぬ参加者がいるのならば、このゲームに期待はできない。それに、この申し出は私のワガママだ。このくらいの縛りがないとフェアではないだろう」


『承知しました。あなたがその行動を起こしたならば、ゲームの状況に関わらず、あなたの望みを叶えましょう。ここからは他の参加者の参加を待つ時間となります』


そして私はそのゲームで最初に死に、蘇生されて無の部屋に戻ってきた。


『あなたは今、要望通り蘇生されました。もし、あなたが脳を壊死させていたならば、蘇生はできなかったでしょう。その後、私達はあなたの設計した通りの発明品を作り、あなたの脳につなげました。今あなたの脳は、私達の特別な技術で作られた、思考活動を止めない特殊なホルマリンに漬かってある状態となります。各参加者達の追体験が終わるまでは、死亡することがないでしょう。ただし、それが終わったのならば、どうなるかは分かりません。参加者が死亡するまでは、あなたは何もせずここで待つことになるでしょう』


私の頭の中に声が響く。

それでいいんだ。

それだけで私の人生に生きた意味が生まれる。


『参加者が一人死亡しました。残り参加者は六人です』


私の脳に、誰かの経験が流れ出してくる。

もうすぐ始まるのだろう、私も考えつかない思考力を持つ人物の追体験が。

そして、目の前に景色が映り出された。



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