第16-3話 次なるターゲット

 自宅謹慎を終えて賀川君が学校に復帰してきてから数日が経過した。


 復帰してきた時はいじめがエスカレートすることを不安視していたが、自宅謹慎に懲りたのか賀川君は私たちに手を出さず大人しくしている。


 これはついに賀川君を完全に撃退し安寧の日々を手に入れたのかもしれない。


 賀川君の性格であれば、やられたらやりかえさないと気が済まないだろう。

 それなのに、数日経過して何も手を出してこないということはきっとそういうことだと思いたい。


 そう楽観的に考えながらお昼休みに紅とお弁当を食べ、教室に戻る前にトイレに寄ってから1人で教室に向かっていた。


 廊下を歩きながら外を眺めると、賀川君のいじめがなくなったことを讃えてくれているのか空には雲ひとつない。


 いい天気だなぁ。毎日こんな清々しい天気だったらいいのに。


 そんなことを考えながら外を眺めていると、自販機の前に人がいるのが見えた。


 あれは……賀川君と……金田君と……和泉ちゃん……?


 なんであの3人が一緒に?


 和泉ちゃんが賀川君と一緒にいるなんて嫌な予感しかしないんだけど。


 足を止めて3人の様子を見ていると、和泉ちゃんが財布から小銭を取り出して自販機に入れ、ボタンを押して出てきたジュースを賀川君に渡していた。


 まっ、まさか……。


 とんでもない場面を目撃してしまったかもしれない。


 そうだ、そうだそうだそうだそうだっ。


 賀川君は自分が数回やられたくらいで引き下がるような人間ではない。

 それが分かっていながらなぜ気付かなかったのだろうか。 


 賀川君は私たちから手を引いたのではなく、いじめのターゲットを切り替えていたのだ。 


 今になって気付いたが、賀川君が登校してきた日から和泉ちゃんは休み時間に体調不良で教室を抜け出すことが多かった。


 あれはきっと賀川君から呼び出しを受けていたのだろう。


 少し考えればそうなることは予測できたし、何より私は賀川君からな嫌がらせがなくなったことで呑気に過ごしてしまっていた。


 ちゃんと気を張り詰めていれば和泉ちゃんの変化にも気付けたはずなのに……。


 全力で走って私は自販機にいる賀川君達の元に辿り着いた。


「ちょっと! なにやってんの⁉︎」


 急いで走ってきた私の姿を見て、一瞬表情を歪ませながらもその表情はすぐに悪人の顔に切り替わった。


「……あ゛? 見たら分かるだろ。お友達に好意でジュースを奢ってもらってたんだよ」

「なっ--。好意でってそんなわけでないでしょ⁉︎」

「なあ、そうだよな和泉。いつもお世話になってるからジュース奢ってくれたんだよな?」

「う……うん」


 和泉ちゃんの反応を見て確信した。


 和泉ちゃんは賀川君に命令されて、奢りたいだなんて微塵も思っていないのにジュースを奢らされたんだ。


 これはもう完全にいじめである。


 賀川君が復帰してから数日間、和泉さんは恐らく酷い嫌がらせを受けていたのだろう。


 じゃなければ、こうして賀川君に命令されて大人しく首を縦に振るはずがない。


 私ってば本当爪が甘すぎる……。


「和泉ちゃん、私もいじめられてたから和泉ちゃんの気持ち分かるよ。今ここで逆らうと余計にいじめられるだろうし、首を縦に振ることしかできないのもわかるよ。でも違うよね? 絶対に和泉ちゃんが好意で賀川君にジュースを奢ってるわけじゃないよね」

「……」


 和泉さんは震えながら、私の質問に返答できないでいる。


 この反応でいじめられていないはずがない。


 迷惑かもしれないと思いながら、必死に和泉ちゃんに呼びかけた。


「和泉ちゃん」

「……--っ」

「うっせぇなあじゃあもうこれお前にやるよ!」

「キャッ」


 賀川君は私に向かって思いっきり缶ジュースを投げつけてきた。


 男子が本気で投げた缶ジュースをキャッチなんてできるはずもない。


 私は咄嗟に缶ジュースから視線を逸らして防御体制に入った。


 そして、ゴンッという鈍い音で缶ジュースが体に当たる音がする。


「……--紅⁉︎」

「遅れてごめん」


 私の前には、私を庇おうとして缶ジュースが額に当たり、額から血を流す紅が立っていた。

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