第10-2話 水族館デート2

 水族館の中をある程度見て回った俺たちは、イルカショーを見るためショーが開催されるスタジアムへとやってきていた。


 スタジアムには平日にも関わらずイルカショーの開演前から大勢のお客さんがやってきている。


「ねぇ、どこで見る?」

「私、前の方で--」

「前はやめとけ」


 俺は蒼の前で見たいという意見に反対した。


「なんで? 前の方がイルカよく見える」

「ちょっとこい」


 俺は蔦原から少し距離をとって蒼を俺の方へと呼び出し耳打ちした。


「あのな……」

「……?」


 俺は蒼に、蒼が気付いていないイルカショーで前に座った場合の大問題を伝えた。

 

「彩楽さん、後ろいこ」

「え、なに急にどしたの?」

「なんでもいいから、早く」


 そう言いながら蒼は蔦原の手を握って自らスタジアムの後方へと進んでいく。

 先程まで前に座りたいと言っていた人間の行動とは思えないな。


 蒼が急に後方で見ようと言い出すほど重大な大問題。


 それは、蔦原のきている服が真っ白な部分にある。


 俺は蒼に、『前の席は水が跳ねるだろ。見てみろ蔦原の服の色、真っ白だろ。あれに水がかかったらどうなるか分かるか?』と伝えたのだ。


 蒼は俺の話を一瞬で理解してくれたようで、反論してくることもなく後方の席に座ってくれた。


 なんとか蔦原の下着が透けてしまう事件の発生を未然に防ぐことができたのである。


「本当にいいの? 前で見なくて」

「うん。後ろの方がよく見える」


 そうしてしばらくしてから始まったイルカのショーを蒼と蔦原は目を輝かせながら見つめていた。




 ※※




「すごかったっ……!」


 イルカのショーが終わると、普段はあまり感情を表に出さない蒼が目を輝かせて昂揚している様子を見せている。


 普段家にいることが多い蒼にとって、水族館で見るイルカのショーはかなり刺激的だったようだ。


「またこようね。蒼ちゃん」

「うんっ。絶対また来る」

「こらこら、興奮しすぎてこけるんじゃ--」

「あっ」


 俺が興奮する蒼に注意を促そうとした矢先、蒼はバランスを崩し転倒しそうになる。


 イルカショーの観客席は階段状になっているので、このまま蒼が転んでしまえば大怪我は免れない。


 急いで手を伸ばすが、俺はどれだけ必死に手を伸ばしても蒼には届かない位置にいる。


 飛びつけばまだ届かなくはないが、それでは怪我人が増えるだけだ。


 先頭を歩いていた蔦原は蒼と喋りながら階段を降りていたので、蒼がこけたことにも気付いてる。


 しかし、蒼を支えきれなければ蔦原が巻き込まれて怪我をする可能性もある。


 このままでは危ない。


 くっそ、でももう間に合わねぇ--っ!


「ほっ--。よいしょっと……」


 もう蒼が怪我をするのは免れないと諦めた瞬間、バランスを崩した蒼を前を歩いていた蔦原がいとも簡単に支えてみせた。


「ふーっなんとか私のパワーでも支え切れた〜」


 まず一つ目の驚きは、蔦原が蒼を支えきれたことだ。


 蒼はかなり華奢だが、それは蔦原も同じこと。


 それなのに、蔦原がいとも簡単に蒼を支えきったことに俺は驚きを隠せなかった。


 そしてもう一つの驚き、それは蔦原が蒼を避けなかったことだ。


 蒼を支えきれなければ蔦原まで巻き込まれて怪我をする可能性は高い。


 それなのに蔦原は蒼を避けることをしなかったのだ。


 こけて頭を打てば最悪の事態だってあり得る。


 それなのに蔦原は……。


「蔦原っ! ごめん、大丈夫か⁉︎」

「うん。大丈夫だよ。私、頑丈だから」

「はぁ……よかった。蔦原がいなかったらどうなってたか……。ほら、蒼、蔦原に謝りなさい」

「ご、ごめんなさいっ。、私のせいで彩楽さんまで危険な目に合わせて……」

「いいのいいの‼︎ 誰も怪我しなかったんだし結果オーライだよ。……もうそろそろ帰ろっか。イルカショーも終わって満足したことだしね」

「そうだな……。今日はもう十分楽しんだわ」


 そう言って俺が一歩を踏み出したその時だった。


「--つっ。」

「蔦原⁉︎ どうした?」

「あー、あの……ごめん。足、盛大にくじいちゃったみたい」


 どうやら蔦原は咄嗟に蒼を受け止めた時に足を挫いてしまったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る