第18話「日々、恋人からの電話を待つ」

今日も、今日とて日曜日の夜がやって来た。私は自室の布団の上に正座し、その目の前に自分のスマホを置いている。

なぜって?まってんだよ。恋人からの電話を!可愛いだろ、私。………それは、置いといて。穂村は、休日に会えないから~寂しいから~と言う理由で仕事が終わり余裕ができると日曜の夜によく電話をかけてくるのだ。だから、こうしていつも待ちかまえている。だが、穂村は想像以上に忙しい。だから、かかってこない日の方が多い。じゃあ、なんでここまでしてまつのかって?…私も寂しいからだよ。できるなら、私だって、穂村とずっといたい…でも、穂村の邪魔はしたくない。

昔、穂村が仕事してるところを見たことがある。本人は父に押し付けられたと言っているが、仕事をしている時の穂村…特に、新しい事業を始めようとしている時、すごく楽しそうな顔をしていたんだ。その顔が凄く魅力的で、それでいて、その笑顔を私は守りたと思っている。だから、私は穂村の邪魔をしたくない…とは言って寂しものは寂しい。だから、こうしてスマホの前を陣取っている。


その時、電話のコール音がなった。その瞬間、目にも止まらぬ速さでスマホを持ち上げ、応答ボタンを押そうとしたが、数ミリのところで止めた。

ワンコールもなり終えていないのに、電話に出たら、「あ、日蔭~待ってたんでしょ~」と、言われかねないなぁ…別に、間違ってはいないが言われるのは癪だ。

だから、私は2コールほど待ち電話に出た。


「……も、もしもし」


「日蔭~疲れたよ~会いたいよ~頭撫でて欲しい…甘やかしてよしよしして欲しい……俯く私にフードを被せて、優しく抱きしめてから、ポンポンつて、あたま撫でて欲しいぃ~」


電話に出てみれば、穂村は欲望をたれ漏らしで訴えかけてきた。


「あ、あぁ、別に構わないが…最後の、やけに細かい注文だな」


私は少し笑った。穂村は少し笑った私に怒ったらしく凄く可愛い唸り声が聞こえてきた。


「うぅ……別に、いいじゃん!そんぐらい…細かい言うな~」


「ははは、ごめんて、…それで、どーかしたの?ここまで欲望を口に出すのは珍しいね、なんか、嫌なことでもあったのか?」


「……別に、そーいうんじゃあないけど、今日は特段と疲れたの…だから、甘えてるの…」


まぁ、いつもと対して変わらないが、それを言うと怒るので、私は顔だけは苦笑いだが、声色にはそれを出さずに我慢した。


「…あぁ、そう。お疲れ様。穂村はよく頑張ったね、私は穂村が凄く努力してるの知ってるよ」


「ぐへへへ…ジュルリ」


いつも、私がこういうと、穂村は変態チックな声を出し、ヨダレをすする。穂村はどうやら、私が褒めるといつもこのようになる。電話越しの時だけだけど。あと、本人は聞こえていないと思っているらしい。言ったら言ったでめんどくさい事になるので今は言わずにいる。


「それは、そうとさ、穂村ー、課題やったか~」


「なんの?」


「えーと、確か……複素数のやつ」


「あー、あれね~秒で終わっとよ~………ん?ねぇ、ちょっと待って日蔭、確かって…日蔭、課題ちゃんとした?」


私はなんの飾り気のない自室の天上をみやげて奥歯を噛み締めた。そして、大きな深呼吸を1度だけした。


「…やって…………ないです。」


「………………もう、絶句だね……明日提出だよ?どーするの?今からするの?……て、もう23時回ったよ?できるの?」


出来ないよ。そんなもの。だから、この話しを切り出したんだよ。


「あの~穂村さん?お願いがありまして…その課題…みせ「見せないよ。」…て………まじっすか…」


「まじだよ。」


私は、前方に力無く倒れ込んだ。


「……こないだ、約束したよね?穂村。守ってなかったの?去年進級危うくなった理由、テストの点数足りなかったってだけじゃなかったよね?」


「あ、はい」




時は、遡ること1ヶ月前。それは、ゴールデンウィークに入る前のお話。


「あ、おい。日蔭、お前去年は課題の提出も少なかったせいで進級の時、あんなになったんだから、ゴールデンウィークの課題はちゃんと出せよ?」


「……幸子さちこ先生…そんな……鬼ですか?……はぁ……そんなん、だから、三十路になってもいい人見つかんないんですよ」


「あぁん?」


そう言って般若を付ける先生は、御歳30歳の島山 幸子しまやま さちこだ。


「………仕方ない、この方法だけは最後に取っておくつもりだったが…おい!穂村!穂村はいるか!!」


「なぁ!?そ、それは卑怯な!!」


そして、ひょこっと現れる穂村。


「なんですか~さっちゃん先生~」


「さっちゃん言うな…まぁ、それは今はいい…それより、穂村、去年日蔭が進級ギリになった理由知ってるか?」


「あー、えーと、おバカさん?だから?」


グサリと言う効果音とともに大きな釘が私の中に打ち込まれた。


「…まぁ、それもそうだが、…………こいつ、基本的に課題を出さないんだよ」


「え、何それ?美味しい冗談?」


「ははは…悲しいが、現実だ」


その一言と共に穂村はから笑いをした。そして、私を見る目を変えた。

恋人からの説教が始まったのだった。軽く数時間規模の。この日、穂村は勉強に関しては恋人だろうが容赦がないことを知った。




そして、時は現在。


「…って事で、わかった?日蔭。」


「あ、はい。」


「じゃあ、明日、寝坊しないでね?」


「はい…頑張ります。」


そして、通話は途絶えた。穂村と電話してはや2時間。現在午前1時過ぎ、甘い恋人のような会話はほんの数十秒だけで、残りは穂村からの説教で終えた。

私は、ぽふっと頭を枕に預けて倒れた。


「はぁ…恋人にあんな感じに怒られるのも……いい………かも…………何言ってんだ、私」


恍惚としてしまった私の表情筋にぺんちんとムチを打つ。


「まぁ、やれるだけは、やってみるか…課題……出来たら穂村、褒めてくれるかな………」


そう言って、私は勉強机へと足を運ぶのだった。





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