ブロンズのリューネ アンラッキー7 TAKE2
土田一八
第1話 聖女ルミアの場合 ~告発~
ユーロリア大陸の西部に位置するオルゴニア王国。今、この国では新教派と旧教派との間における宗教戦争を端に発して異端審問の嵐が吹き荒れていた。所謂魔女狩りである。しかし、オルゴニアでの、この魔女狩りは敵対勢力への復讐や見せしめというよりも、気に入らない者を死に追いやる手頃で気軽な合法かつ常套手段だった。早い話、証拠も証人も要らず単なる言いがかりのでっち上げで留飲を下げるという気晴らし的娯楽の類に成り果てていた。
「司教様!司教様はどこにいらっしゃるの⁉」
ある日、教会に1人の女性が駆け込んで司祭に面会を乞う。
「どうされましたか。マダム?」
「どうか司教様にお取次ぎを!」
「司教様は外出中です。私でよければ、話を聞きますよ」
中年の寺男は宥めるように言う。
「魔女です!魔女が現れたんです!」
女は必死の形相で悲鳴を上げるような甲高い声で叫ぶように言った。
「魔女?」
寺男の冴えない目に一瞬、眼光の鋭さが体現した。
「そうです!」
「それでは、奥で詳しいお話を…」
寺男は女の言い分を全て紙に記録する。司教に伝え起訴状に使用する為でもあるが教理庁への任務報告の為でもあった。
聞き取りを終えても司教は教会に戻って来なかったので、女は一旦帰宅した。魔女告発というただならぬ話であった為対応した寺男は外出からようやく戻った司祭に報告し、それを聞いた司祭は寺男に女を連れて来るように命じた。
「ついでに周辺調査をしよう」
寺男は女の家に行く前に近隣住民から当時の状況を聞き込む事にした。そして当時の状況についての重要証言が得られた。これは起訴状には記載せず、教理庁への報告用だった。
女はパンドーレ夫人といった。商店を営む裕福な家の奥方で所謂がみがみ女として知られていた。この家には死別した夫、息子が1人の3人家族だったそうで、商店は自宅とは別の所にあり、商店も従業員に任せっぱなしだった。従業員や常連客によれば、特に経営には口出しをしていなかったようだが、近隣住人とはいさかいが絶えなかったらしい。
寺男の報せを受けて女が教会に来ると司教は礼拝堂の一角にある懺悔室で話を聞く事にした。
「聖女ルミアは魔女です」
「な、なんと⁉」
女は、聖女ルミアが、病人の救済に失敗したと詳細を語る。その病人は、女の一人息子だった。
「事前にお願いしていたのですが、予定より到着が遅れたルミアはあろう事か黒魔術を病人である私のかわいい一人息子に施し、死に至らしめたのです!」
「…私の教区で異端者を出す事は神を冒涜したのと同じ。その上で聖女ルミアは、瀕死の病人に救済と称して黒魔術を施したと言われるか?」
「その通りでございます。司教様」
「それならば、神の裁きが必要になりますな」
「ええ。そうですとも!…その前に、かの魔女を聖女として息子に病を診させた、この浅はかな母親の懺悔を聞いていただけますか?」
「もちろんですとも。神は、貴女の敬虔なる信仰心を以て悔いれば、必ずや貴女をお許し下される御心をお持ちですよ。安心なさい」
「ああ!神よ!」
女は両手を組み、神に感謝するが如く天を仰ぎ見る。
……教会の天井だけど。鐘鐘楼の吹き抜けから見ていた寺男はツッコミを入れる。
嗚咽を漏らしながら白々しい女の懺悔という名の恨み節がこれでもかと続く。やがて女は懺悔室から出るとパンパンに膨らんだ薄汚い巾着を司教に2つ差し出す。司教は何も言わずにそれを受け取った。寺男はそれの一部始終を見ていた。
「ウラリヌス様に報告しなくては…」
司教は領主の城館に赴く。
「領主殿。私の教区にて魔女が現れたようです」
「何と!本当かね司教?」
「誠に残念ではありますが、本当です」
「ううむ…」
「つきましてはご助力願えますか?」
「もちろんだ」
「では、細かい段取りですが…」
司教と領主はひそひそと段取りを決める。これまでにも幾度かやっているからそれぞれの勝手は分かっている。
「…本来ならば明日逮捕、と行きたい所ではあるが、明日は所用があるので明後日でよろしいかな?」
「もちろんですとも」
司教は女からもらった巾着を一つ手渡す。領主は一瞬嫌そうな顔をしたがそれを黙って受け取る。
「汚ったねぇ袋で寄越すなよ」
司教を見送った領主は文句を言った。
つづく
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