ヒーローなりたや、ウン十年 〜超能力者として現代転生したので、悪の組織を立ち上げ愛する娘を正義のヒーローとしてプロデュース!〜
藍条森也
一章 ヒーローになりたい! その一心で現代転生してやった!
――ヒーローになりたかった。
それが私の一度目の人生での最後の言葉。
ヒーローになりたかった。
ヒーローになりたくて、なりたくて、出来ることは何でもやった。
勉強もした。
格闘技も学んだ。
実践訓練として夜の繁華街に繰り出してケンカもした。けれど――。
ヒーローにはなれなかった。
悪の組織がなかったからだ。
私の住む現実世界に悪の秘密結社は存在しなかった。怪しい技術を駆使して世界征服を企む悪党、私をさらい、改造人間にしてくれる悪の組織、私がすべてを懸けて戦い、倒すことを目的とする悪の首領……。
そんなものはどこにもいなかった。だから――。
私はヒーローにはなれなかった。
ヒーローになりたい。
ヒーローになりたい。
そう思いつづけ、それでもなれず、失望を抱えたまま歳を重ね、やがて、死んだ。
――ヒーローになりたかった。
その痛切な悔いを残して。
しかし――。
私の人生はそこからだった!
私の痛切な思いが運命の神に届いたものか、私は蘇った。前世の記憶をもったまま、新たなる人間、
高峯志狼はまさに理想の存在だった。容姿端麗、頭脳明晰、プロレスラーのパワーとタフネス、軽量級ボクサーのスピードを併せ持ち、精神はあくまで高潔。正義を愛し、悪を憎み、世のため、人のため、すべてを捨てて戦う男!
高峯志狼こそはまさしくヒーローになるために生まれてきた男だった。しかも! 超能力までもっていたのだ!
これだけ揃っていてヒーローになれないなどと言うことがあるだろうか?
いや、ない!
そうとも、これだけの条件が揃っていてヒーローになれないわけがない。今度こそ、この二度目の人生でこそヒーローになれる!
私はそう確信した。そして、ヒーローになるべく、前世以上の努力をした。成績は常に学年トップ、小学生のときには空手の全国大会で優勝、中学ではバスケット、高校ではラグビーで、それぞれチームを全国大会へと導いた。惜しくも優勝はならなかったが、私の名は全国に鳴り響くようになった。
それだけではない。リーダーシップも発揮するように努めた。小学校のときは全学年でクラス委員長を務め、中学時代には生徒会長、高校に入ってからは地域活動の若きリーダーとして活動した。お年寄りを慰問し、放置されていた森林の手入れを行ない、子供たちの安全を守るためのパトロールに加わった。
もちろん、バイクを手足のごとく乗りこなすのは必須スキルだ。一六歳になると同時に免許を取得し、特訓につぐ特訓を重ねた。勉強も学校の勉強だけではなく、政治・経済にまで幅を広げ、さる高名な論文賞で入賞したこともある。
ま・さ・に、パーフェクト!
智と勇、美と徳、さらに超能力までもあわせもった究極の逸材! まさに、申し分のないヒーローの卵。しかし――。
ヒーローの卵が正真正銘のヒーローになるためにはどうしても必要なものがあとひとつ、あった。
そう。
悪の組織だ。
悪の秘密結社がなければ、さらわれて改造人間になることはできない。すべてを捨てて世のため、人のために戦うこともできない。
しかし、この二度目の人生でも悪の秘密結社などどこにも存在しなかった。それでは、ヒーローにはなれない。
この二度目の人生でもヒーローになれないのか?
努力に努力を重ねて手に入れた力はすべて、無駄になるのか?
この二度目の人生でもまた失意を抱えたまま年をとり、『ヒーローになりたかった』との思いを抱えて死ぬことになるのか?
そう思って悔しさに歯がみし、布団を涙で濡らしたことが何度あることか。しかし! 二度目の人生はやはり、最初の人生とはちがった。ある大きな転機が訪れたのだ。それは失望のあまり何もかもやる気をなくし、部屋に籠もってひたすらネット世界を漂流していたときのことだった。
偶然、本当に偶然、ネットで目撃したのだ。その人物を。大学を中退してベンチャー企業を興し、マネーゲームの勝者となったその人物の姿を。
これだ!
その人物を見たとたん、私は閃いた。そうだ、これだ、この手があったのだ。ベンチャー企業だ、ベンチャー悪の秘密結社だ。世の中に世界征服を企む悪の秘密結社がないのなら、自分の手で作ればいい!
そのアイディアを得たとたん、私の頭のなかでさらなる思いが閃いた。
世界中の悪人を私の組織に集めるのだ!
悪人がいるから悪いことが起きる。悪人がその場にいなければ悪いことは起こらない。悪人という悪人を私のもとに集め、私の手で管理することで世界を安全な場所にできる。そして、私の子供を正義のヒーローに育てあげ、悪人どもを退治させるのだ!
名付けて、正義の味方&悪の秘密結社、同時プロデュース!
おお、なんとすばらしい。
何しろ、悪の秘密結社の総帥である私自身が正義のヒーローのプロデューサーであり、援助者なのだ。どうして勝てないなどということがあるだろうか。
これぞまさに究極のヒーロー。自らの手を悪に染め、決して表に出ることはない。それでも正義のためにすべてをかけて戦う孤高の男。すばらしい!
ゾクゾクするではないか。そう。私は悪の秘密結社に誘拐されて獅子身中の虫になるのではなく、自ら組織を作りあげることで
その計画を得た瞬間、私は文字とおり生き返った。体中に活力があふれ、はち切れんばかりのエネルギーに満たされた。よみがえった私は怒涛の勢いで計画を実現させていった。
悪の組織を作るには
――いつか立派な改造人間になるために……!
そう思い、学びつづけた電子工学の知識が役に立った。もともと、超人的な素質に加え、超人的な努力を重ねてきた身。経済界で成り上がるなどたやすいことだった。たちまちのうちに最先端技術を開発する大企業にのし上げた。これで、やがて正義のスーパーヒーローとなる我が子に数々の超科学装備を渡せるようになった。
私は喜びに満たされた。
会社はますます発展し、私の名は世界中に鳴り響いた。それを表の顔として裏では徐々に悪事に手を染めはじめた。これは心が傷んだ。本当に申し訳なく思った。だが、世界中の悪人をかき集めるには実際に悪事を行ない、『我がもとにくれば好きなだけ悪いことができる、こんなに得になるぞ』ということを示す必要があったのだ。
将来の浄化のためなのだ。
許してくれ!
心のなかでそう詫びながら、私は悪事を重ねた。その甲斐あって世界中から続々と悪人たちが集まり、私の指示に従うようになった。
そして私は悪の秘密結社・《
ときを同じくして待望の我が子を得た。女の子だった。がっかりしなかったと言えば嘘になる。私の分身として正義のヒーローとさせるならやはり、私によく似た男の子であってほしかった。しかしまあ、ものは考えようだ。大衆が望んでこそ正義のヒーロー。清純可憐な美少女ヒーローこそまさに現代の大衆が望んでいるものではないか。そう。女の子でよかったのだ。この子こそ、大衆の希望を一身に担う究極のスーパーヒーローとなるのだ!
私は新たな希望に満ちあふれた。
娘には『
百合はかわいい娘だった。いや、ちがうぞ、断じて親バカなどではない。『かわいい、かわいい』と連呼するからどんなものかと思って実物を見たらまるっきりサルの子供……などというありがちなパターンではまったくない。本当に、誰が見ても、どこからどう見てもかわいく、愛らしい娘なのだ! それが証拠に百合に出会った誰もが『かわいい、かわいい』と頭をなでていったものだ。そのときの私の優越感、
……いかん。別の世界に行ってしまった。
とにかく、百合はそれほどにかわいい娘だったのだ。もちろん、見た目だけではなく、中身もすばらしい。性格は素直でやさしく、頭もいい。二歳の頃にはすでに自由におしゃべりができていたほどだ。しかも……しかもだ!
私のもつ超能力もしっかり受け継いでいたのだ!
それを知ったとき、私は涙を流した。百合はまさに私の娘、私にふさわしい娘だ。この子ならきっと私の望んだとおりの正義のスーパーヒーローとなって我が悪人軍団を倒してくれることだろう……。
しかし――。
百合には百合の悩みがあったようだ。
どうして自分だけがこんな《力》をもっているのか。どうして、他の人たちとちがうのか。幼い少女にはさぞつらい悩みだったにちがいない。
気丈な百合は父を心配させまいと、私の前ではそんなことを気にしている素振りはちらとも見せなかった。《力》があること自体、隠していた。たいてい、公園のブランコに座って独りぼっちで悩んでいた。涙ぐみ、小さな握り拳で涙をぬぐう姿を何度も目にした。
切なかった。
胸が痛んだ。
涙が滝のようにこぼれた。
すぐに百合のもとに駆け付け、がっしりと抱きかかえ、『お前のその《力》は世のため人のためにあるんだよ、すばらしい《力》なんだよ』と言ってやりたかった。だが、それはできない。正義のスーパーヒーローとなるために乗り越えなくてはならない壁なのだ。
代わりに私は『ミスターF』の名でメールを送るようにした。『F』とはもちろん『father』の『F』だ。表立って助けてはやれなくても『父はいつでもお前を見守っているぞ』ということを陰ながらにでも伝えてやりたかったのだ。
私は何度もなんどもミスターFとして百合と話した。公園のベンチに独りぼっちで座っているとき、校舎の屋上でぼんやりと風に吹かれているとき、近くの丘で膝を抱えて座っているとき……私は常にメールを送り、百合を励まし、支えつづけた。
その《力》は悪を倒し、人々を守るためにあるのだということを、大きな力をもつ者はそれだけの義務と責任、そして、より高い倫理感をもたなければならないのだということを懇々と諭した。
百合はすばらしい子だった。
むずかしい私の話を何度もなんども読みなおし、理解し、身につけていった。
ミスターFの励ましによって百合は見るみる元気を取り戻していった。子供らしく明るくはしゃぐ百合の姿を見るのは私にとって大いなる喜びだった。まったく、これほどうれしいことが他にあるだろうか。だが、百合を見守る私の心に一本の刺が刺さっているのもたしかだった。その刺の正体に気がついたとき、私は思わず苦笑した。どうやら私はミスターFに嫉妬していたらしいのだ。
私ではない、他の誰かが娘を支え、励ましている。そのことがくやしかったのだ。娘を支えるのは私だけでありたかった……。
まったく、苦笑するしかない。自分で自分に嫉妬していたのだから。
だが、とにかく、百合は元気にすくすくと育っていった。自分の能力を、自分の運命を受け入れ、自分の前に強大な悪の組織が現われる日がくるのを待ち望むようになっていた。
そして――。
百合は一三歳。中学生となっていた。
そのときから私の計画は発動した。
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