そんな目で見ないでくれ……

 「私は普通。苦手ではないよ」


 「私は得意だ。中学の頃バスケをしていたからな」


 八雲、桜羽と続いて余裕な表情で言う。バレーという体育の授業でも触れることのある球技なら、少なくとも下手という領域に沈む人たちではないのだろう。羨ましい才能だ。


 「俺も普通だと思う」


 だが、中学で球技に触れることのなかった遥は、目安も分からなかった。だから下手だと言うこともなくて、上手と豪語することもない。平均的だと言っていれば、楽しさに紛れて忘れた得手不得手も、きっとどうでもよくなると信じて。


 「そっか。なら九重くん、星中くん、そして優に任せてればどうにかなるってことか」


 「これは簡単に優勝できたりするかな?」


 「優勝とかあんの?」


 「あるんじゃない?頼んだよ、九重!」


 「俺1人に重圧乗せんな」


 馴れ馴れしくも、入学前から親しい仲となっている九重と八雲はこれがいつも通りなのだろう。初めて見たが、結構進んだ良好と言える関係に見える。このまま崩れず仲を保ってほしいと願うのは、友人としてある遥の気持ちだ。


 「仲が良いんだな、2人は。まだ出会って間もないだろうに」


 「そうか?普通だろ。桜羽は居ないのか?」


 「うん。1人が好きだからな」


 「あぁ……なるほどな」


 誰もが皆、空気感を察して陰キャだから作れないんだろうな。だから聞いたことは失言だったかもな。と思わせる雰囲気が作られる。


 桜羽の言い方がそれをより誇張していたから、確信したように九重も黙った。それを見て、何故か惻隠の情を抱かれている桜羽は気づいて焦りつつ言う。


 「ん?いや、違う。本当に1人が好きなだけだ。そんな、私が友達を作れない悲しいやつだと言いたげな目で見ないでくれ」


 これまたイメージとは異なる慌てぶりだ。何事にも動じないクールかと思えば、感情を表に出して必死に訂正しようと頑張る姿は愛おしくも目に映る。本性というやつだろうか。


 そんな狼狽を見て、逆に図星だったのかと遥を除く4人は目を合わせず下を見て乾いた笑いを連発する。愛想笑いを超えた、どうしようもない可哀想な扱いに、憐憫桜羽の出来上がりだ。


 「……本当なのに……私に信頼はないのか……」


 椅子に座り直して哀愁漂う姿を顕にする。


 「俺も1人が好きだから、分かるよ、その気持ち」


 「あっ、分かるか?六辻」


 そこで突然遥はただ共感した。助けたいとか思う気持ちはなく、桜羽の発言が自分と全く同じ考えだったから、それに頷きたかっただけ。


 「何言ってんだよ。余計に助け舟出すからもっと可哀想なやつになるだろ!」


 するとボソッと、誰にでも聞こえてしまう声で忠告した九重。遥のしたことは、今の桜羽をもっと惨めに思わせるんだと伝えられる。


 「なっ!だから本当に私は――」


 「はいはい。不毛な争いは終わりにしよう!今は仲を深める時でしょ?優をイジメる時間じゃなーい」


 「だから私は違うと…………」


 遮られた結果、それでも桜羽の可哀想な扱いは消えなかった。誰も信じてくれないのは今後幸福が訪れる前兆でないと受け入れられないだろう。それくらい、落ち込んだ姿に同情してしまう。


 遥も少しずつ感じているが、桜羽はいじりやすいタイプだ。怒らないし素直に項垂れてくれる。更には天然っぽくてドジもしそう。そんな性格をしていること、見て接した今、次第に分かりつつある。


 「優をいじることも仲を深めることに繋がると思うけど?」


 「逢ってSなとこあるよね……」


 「優がMなだけかもよ?」


 「何の話をしているんだ。私のことはもういいだろ」


 「残念なことに、この中だと桜羽が一番性格も趣味も何もかも知られてない人だから、話の中心になってくれよ」


 「私のことで面白いことは何もない。趣味もないと言ったように、他に会話を弾ませることも無理だ。いつも通り顔見知りで話してくれて良いんだぞ?」


 遥視点では、桜羽と星中と会話をしたい。他にも全員が全員、九重のように桜羽だけがはじめましてではないので、それなりに距離感を把握したい思いはあるだろう。だからそうしてくれと、常に攻め込まれて困惑中のクールビューティは一旦休憩を要求するよう伝えたようだ。


 「まだ時間は十分にある。たった2分程度でめちゃくちゃにされたが、本当ならもっと楽に会話をしたいからな」


 「その性格して難しい提案をするね、優って」


 「難しくない。全く……私をイジメて何が楽しい……」


 辟易としてため息を吐き出す。本人は素直に攻撃を受けているから、それが冗談だと知らずに憐憫に思われていると思っている。だから脱力して机に伏した。それを遥は知らないから、可哀想だな、と思って桜羽を見ていた。


 それからというもの、月曜日の1時間目、それも西園寺が消えたこともあったのに、全く疲れや不快な空気感になることもなかった遥たちは、50分という時間をあっという間に過ごしてしまった。当然、終始桜羽をいじり倒して。


 色々と話しをする中で、西園寺の件に触れそうな時もあったが、詳細を風早も言わなかったことから八雲も一瀬に聞くことは無かった。知りたいだろうが友人が何も口にしない理由を察して問うこともしない。それこそ友人関係として素晴らしいと言えた。


 その後解散するまでいじられた桜羽が疲れて席に戻るのを見て、遥も西園寺の一件を忘れて1日を終えた。

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