引っ越し

鈴木怜

第1話

 引っ越しの季節、それが三月である。

 学生生活を始める者、社会人生活を始める者。

 年度が切り替わるこのタイミングで、色々と切り替える人が多い、出会いと別れの季節だ。

 アパート暮らしの僕にとっては、なおさらだ。

 だからこそ。


「だーかーらーさーあ! 業者に頼まずに俺に頼むのやめてくんねえかなーあ!?」

「しょうがないじゃんかー!」


 窓を開けたら聞こえてくるこんな会話は微笑ましいと思うのだ。

 おそらくアパートの一室なのだろう。若い男女の声だった。


「どうせお兄ちゃんは春休みでやることないんだからさー、やること作ってあげるの! 大学生は暇だって言ってたのお兄ちゃんじゃん」

「それとこれとは話が違う!」

「でも実家暮らしでごろごろしてるのを見ると、ねえ?」

「くっそ過去の俺よなんでこいつの前でごろごろしてた!? ……大体、この前見積りとってもらったって言ってただろ!?」

「この時期はめっちゃ高いんだよ? 確かねー、じゅうろくま『わかったやめろ今すぐやめろ!』……わかった」


 びっくりするだろうな、と僕は思う。遠いところから越してくると六桁はいってしまうのが引っ越しだ。この時期は繁忙期だし。ちょっと引くくらいの値段がするものだ。


「……で、何から始めんだ?」

「なんだかんだでやってくれるお兄ちゃん愛してるぜ!」

「うるせ。……でかいものだけでもとっととやりたいんだけど」

「じゃ冷蔵庫だね」

「ひ・と・り・で・は・こ・べ・と?」

「わたしも手伝うからさ」

「わーったよ。先下りてるから」

「はーい」


 会話が途切れる。お兄ちゃんは出ていったのだろう。


「あーもうほんと。なんでここしか受かんなかったかなー、大学。……お兄ちゃんといられる時間、なくなっちゃうじゃんか」


 恋する少女の声色だった。

 ひゅー、と私の口から声が出た。

 どこの住人か知らないけれど面白いことになってきたなあ。

 出会いと別れの季節はだから面白い。




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引っ越し 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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