第12話 

 電車やバスの乗り継ぎがうまくいかずいきよりも時間がかかり、日が落ち始めている。

 駅から走って海にきた。そして、海に向かって、叫んだ。

「今まで、忘れていてごめん。俺絶対に待ってるよっていったのに」

 海から顔を出した彼女が叫んだ。

「漱くん!」

 その瞬間、彼女の体が光に包まれ、水面からゆっくり浮き上がった。

 そして、ヒレが、足に変わる。彼女は水面の上を走って近づいてくる。

 俺の近くにきても彼女はスピードをゆるめない。

 彼女の足が砂浜に着き、彼女を包んでいた光が消えた。そして、俺の胸に飛びこんできた。

 思ったよりも勢いがあって、後ろにバランスを崩し彼女を抱きとめたまま倒れた。

 俺は彼女に回していた手をほどき後ろに手をついて、上半身を起こした。彼女も浜に手をついて上体を起こし、見つめあう格好になった。

 彼女の顔は、今までと少し変わっていた。今までは、ただひたすらに美しかった。でも、今では、美しいというよりも、少女のようなあどけなさを残したかわいらしい感じになっていた。顔の輪郭といったものは変わっていない。雰囲気が変わったのだ。

 でもそれは、俺がもっと彼女を好きになる理由にしかならなかった。

 その姿は、幼い頃の記憶の中の彼女の面影をしっかり残していたのだから。

「やっと、思い出してくれたんだね」

 俺の脚の間に正座し、とても嬉しそうにいった。

「本当に、ごめん。今まで忘れてて」

 俺は、もう一度謝った。

「私は、一度も忘れなかったんだよ。でも、もういいの。ちゃんと思い出してくれたんだもん。でもなんで、思い出せたの?」

 川にいってそこであったことを、彼女に話した。

「それきっと、私のお母さんがしたんだ」

 首をかしげる俺に彼女は質問した。

「私が昔なんだったかも漱くんは思い出してくれた?」

 うなずいて俺はいった。

「川の精霊だったんだよね」

 彼女は大きくうなずいた。

「最後の望みは人間になること?」

 質問に彼女はまた大きくうなずいた。

「俺に逢うために、すべてを捨ててきたのか?」

「うん。でも、これは私が望んで、私が決めたことなんだから、漱くんはなにも気にしないでね」

「でも、約束を忘れてたこんな俺のために、今までの世界を捨てることになってしまったんだよな」

「私が、そうしたかったの。例え、漱くんが私のことも、約束も忘れてしまっていても、漱くんに会いたかった。漱くんとずっと一緒にいられる可能性にかけてみたいと思ったの」

「俺も、ことねとずっと一緒にいたいと思ってる。人間の暮らしになれるのに時間がかかると思うけど、俺と一緒にがんばろう」

「ありがとう、漱くん」

「ことね、今度は最後までいわして欲しいんだけど。俺、ことねのこと……」

 俺は、また最後までいうことは出来なかった。

 彼女が、自分の口で俺の口をふさいでしまったのだ。

 突然のことにしばらく、呆然としてしまった。

 彼女はゆっくりと離れると、

「私、漱くんのこと大好きだよ」

 そういって、あどけなく笑った。

「俺も、ことねのこと好きだよ」

「大好きじゃないんだぁ」

 そういって、すねる彼女はとても愛らしい。

 漱は、てれながら「大好きだよ」とつぶやいた。

 それを聞いて、彼女までてれくさくなってしまったのか、ほほをももいろに染めている。

 今思うと、彼女が好きだといっていたのは、俺のことだったのだ。自分に嫉妬していたなんて、おかしい。

「どうしたの?」

 そんなことは恥ずかしくっていえないから、首をかしげる彼女を俺はそっと抱きしめてもう一度キスをした。

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