第6話
第四日
昨日ごめんとつぶやいて走り去ってしまった彼女が、またここにきてくれるのかと、不安に思いながらも、また同じ時間、同じ場所に俺は来ていた。
しばらく待ってみたが彼女はこない。
もう少し待っていたらくるかもしれない、もうちょっとだけ、そう思いながら俺は腰をおろした。
昨日のことを後悔しても意味のないことだとはわかっているが、どうしても考えてしまう。
昨日キスなんてしようとしなければ、彼女はたち去らなかったのではないか。
そういえば彼女は、前にも苦しそうに胸を押さえていたことがあった。
彼女はなにかの病気なのだろうか?
次逢えたときにはそのことを、聞いてみよう。
そういえば、今日も同じ夢を見た。
なんでこうも、毎日毎日同じ夢を見続けるのかわからない。
彼女のいうとおり、この夢になにか大切な意味があるのか?
考えてみても、さっぱりわからない。
そういうことをもんもんと考え続け、ふと腕時計を見ると、ここに来てからもう三十分がたっていた。
今日彼女はこないのかもしれない。
あきらめて家に帰ろうとたち上がり、ぱんぱんと尻の砂を払って振り返ると、なんと俺から離れたところに彼女がたっていて目があった。
彼女は、少しあたふたとどうしたものかといった風情で動くと、再び俺の顔を見て、てれたようにほほえみ俺の元に走り寄って来た。
「漱くんがここにくる姿見て、ずっと後ろにいたんだけど、昨日あんな別れかたしちゃったし、なんて声かけていったらいいのかわかんなくて……」
そういいながらうつむく彼女を、たまらなく愛しいと思い、抱きしめたくなったがぐっと我慢した。
「そんなことなんにも考えず、普通におはようとでもいってくれたらよかったんだよ。俺、昨日のこと、全然気にしてないし」
本当はやっぱり、少しは気にしている。避けられたんじゃないかって。でも、俺の言葉に笑顔でうなずいた彼女を見たら、どうでもよくなってしまった。
しかし、やっぱり病気のことは気になる。
「昨日とその前にも一回、苦しそうにしていたけど、なにか病気を患っているのか?」
そう唐突に聞いた俺に、彼女は一瞬焦ったような表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻るとこういった。
「この前もいったけど、本当に心配するようなことじゃないんだって」
「でも、苦しくなるのにはなにかわけがあるはずだろう?」
「それはそうだけど……。本当になんでもないんだって」
それから、俺がどういうふうに聞いても、彼女は、なにも心配はいらないの一点張りだった。
そんな不毛なやりとりを続け時間がただ過ぎていった。
やりとりに夢中になりすぎて気がついていなかったが、ふと見ると、彼女は胸を押さえていた。
俺が言葉をつまらせていると、彼女の荒い息づかいが聞こえた。
「だ、大丈夫か?」
そう俺がいったのと、彼女が砂浜に膝を着き座りこんだのは、ほぼ同時だった。
俺もあわてて膝を着いて、彼女の肩を支えた。
「だ、大丈夫よ。心配しないで」
荒い息で苦しそうにそういう彼女の言葉に、説得力なんていうものはなかった。
「全然大丈夫そうになんて見えない。無理するなよ。家まで送るから、道教えて」
そういった俺に、彼女は首を振ると、
「私は本当に大丈夫だから、漱くんは家に帰って」
なんていった。
もちろん帰るつもりなんてまったくなかった俺は、とりあえず彼女の近くにいるしかなかった。
どれだけ聞いても彼女は家を教えるのを拒み、俺にただ帰ってと懇願した。
そんなに俺は嫌われているのか?
場違いなことを考える俺自身を、なに考えてんだと心の中でおこっていると、胸に彼女がもたれかかってきた。
さっきよりも彼女の息があらくなっている。
「おい、ことね! 大丈夫か!?」
なかば叫ぶようにいった俺に、彼女は小さな声でなにかいっている。
俺は彼女の口に耳を近づける。
「水……」
「水が欲しいのか? ちょっと、まってろよ」
俺は近くに自動販売機があったことを思い出し、買いにいこうとたち上がろうとした。すると、彼女は俺の服を引っ張り、首を横に振る。
彼女がまたかすかに口をひらいたが、声が聞こえないので、また俺は彼女の口に耳を近づけた。
「海へ……海へ連れてって……」
そう聞こえたが、どういうことなのかいまいちわからない。
黙っていると彼女がまた小さい声でいった。
「私を……海の中に……」
なんで海の中に? なんて思いながらも、苦しそうな彼女の助けに少しでもなるのならと、俺は彼女を抱き上げて、海の中に連れていった。
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