第28話【兄が家に女連れ込んでラブコメしている件】

 夏休みの間も璃音りおんとは食事を共にしている。

 それどころか元々三食提供するだけの約束が、いつの間にか家族同然のように我が家に入り浸り、今も朝食を終えた流れでそのままリビングのテレビの画面に釘付けに。


「このシーン......流真りゅうまさんが一番好きだと言った理由が分かる気がします」


 律儀にもソファの上で正座鑑賞する璃音が、洗い物を済ませ麦茶で一息中の隣の俺に声をかけた。

 璃音の視界の先に映るものは――23年前に放送されていた、とある特撮ヒーローシリーズの第一作。

 幼い頃の俺がそっちの世界に興味を持つようになったきっかけの作品で、あのくだんがあってからは私物のDVDやらグッズは全てクローゼットの中に封印。

 そんな中、紅葉もみじの部屋の漫画を全て読み終えてしまった璃音が、今度は俺の好きな創作物を見たいというので、こうして約二年ぶりに引っ張り出したわけで。

 幸い一作品目にはまだが関わっていないのも、今回部分的に封印を解くきっかけになったことが大きい。


「だろ? 正義のためとかそういうあやふやな理由じゃなく、純粋に誰でもない、みんなに笑顔でいてほしいっていうのが説得力あるんだよな」


「わたくし、てっきり日本の実写ヒーローものは単純に善と悪で成り立っているものか思っていましたが、最近のはそうではないのですね」


「両親が子供の代くらいまでの作品は、いわゆる勧善懲悪ものか。そういう作風のがほとんどだったらしい」


 前の元号の初期、そのまた前の元号の作品を見てみると、世界征服のために怪人が悪さをする。からの、それをヒーローが退治する、の見事なまでのシンプルなテンプレストーリーばかり。

 基本子供が見るものなのだから話を小難しくする必要はないというのも一理ある。

 でも時代は常に変化し、正義だって一つだけではない。

 人の数だけ正義という、都合の良い体裁を取り繕った大義名分はこの世に存在し、蔓延している。

 昔と比べて世の中が単純ではなくなったと、某有名なプロデューサーもメディアのインタビューで語っていたっけ。


「ちなみにこのセットの教会、この回でしか使ってないのに500万かけたらしい」

「あら、意外とお安いですわね」


 条件反射でオタク特有の薀蓄うんちくをこぼしてみるも、璃音の金銭感覚の前に敢え無く撃沈。


「一つ残念なのは、CGが荒いところですわね。作り物感が駄々洩れていて、お父様の作る映画に出てくるものと比べたら天と地の差がありますわ」


「まぁ20年以上前の作品だからな。あと予算的な問題もあるだろうよ」


 璃音の父親は世界的に有名な映画監督――らしい。

 というのも、俺は特撮一辺倒で他の映像作品、特に洋画方面は自慢じゃないがかなりうとい。  

 母さんや紅葉は名前を聞くや酷く驚いていたが、俺だけは首を傾げ疑問符反応。

 日向と浅川、あの篠田も知ってるくらいなんだから、本当に有名人なんだろうな。


「でもシリーズ屈しの人気を誇るというのも頷けますわね。ショーさんを始め、作り手の情熱が映像からよく伝わってきますわ」


「ショーさん、これが主演デビュー作らしい。信じられるか? 20代前半、しかも序盤でここまで役が完成され過ぎて逆に恐ろしさすら感じるよ」


 感慨深く語る璃音。

 物語の面白さが初めて分かる第二話まで見てもらい、どんな反応をされるか内心ドキドキしていた。

 この様子なら続けて鑑賞してくれそうなので、俺はそっと胸を撫で下ろした。

 気心の知れた相手でも、大好きなものを紹介するのは、案外緊張をともなうもの。


「あとこのシリーズの醍醐味は、話しが進むにつれて役者の成長が目に見えて分かるところだな」

「なるほど。映画には無い楽しみ方ですわね」

「ああ。だからこのまま全49話イッキ見を推奨する」

「......ふふ」

「なんだよ?」

「いえ。流真さん、いつになく饒舌じょうぜつに語るものですから。つい......」


 しまった。

 相手は特オタでもない一般人なのに、久しぶりの特撮トークで思わず熱く語り過ぎたか。


「いい歳して、特撮ヒーローが好きなんて子供っぽいよな」

「そんな! 趣味に年齢は関係ありませんわ! 流真さんの場合、ジャパニーズギャップ萌えを感じられてありだと思います」


「男の俺に萌えを感じられてもな」


 璃音の時折現れる、間違った日本文化への知識。

 どこ発進かは大体検討は付いているので、そろそろ一度注意しておく必要があるな。

 お嬢様に恥をかかせるんじゃありません。そのドリルで貫かれても知らんぞ。


「よろしいじゃありませんか。どちらも流真さんであることには変わりないことですし」

「どっちも俺、か」


 上品な微笑みを湛えながら璃音は、器用にもソファに正座した状態で紅茶の入ったカップを口元に傾ける。


「......璃音がそう言うなら、別に気にする必要ないか」

「ですわよ。さて、では続きを見る前にわたくし、ちょっとお手洗いに――」


 と言って立ち上がろうとした瞬間、璃音がバランスを崩しソファから落ちそうになったのを俺は見逃さなかった。

 咄嗟の判断でテーブルをつたい、璃音の身体を抱き支える。

 

「......あ、ありがとうございます」

「変に律儀にソファの上で正座なんかしてるから。足、痺れたんだろ?」

「はい。また流真さんに助けられてしまいましたわね」


 また? と口にし、ふと一つ前の季節のことを思い出す。

 構図こそ一緒ではないが、かなり近しい態勢だったアレ。


「思えば出会った時から、流真さんはわたくしの騎士ナイトでしたわね」

「その騎士の貴重な弁当を横取りしたりと、最初は扱いかなり酷かったよな」

「横取りとは失敬な。流真さんが食べていいとおっしゃったので、わたくしはご厚意に預かっただけですのよ」


 温かい紅茶で朱らんだ頬を膨らませ、璃音が上目遣いで抗議してみせる。

 あの時の悪役ドリル令嬢様の瞳には、俺は愛と勇気と平和だけが友達の、頭にたっぷり餡子あんこの詰まった究極の自己犠牲ヒーローか何かにでも映ったのか?


「面倒くさいからそういうことにしといてやる」

「面倒くさいとは何ですか。だいたい流真さんはぶきよ......あいたたッ!」

「大人しくしてろ。動くともっと痺れが強くなるぞ」


 強烈な痺れに顔を歪ませふらつく璃音を黙らせるべく、抱き支える手に少し力を加える。

 一瞬身体がビクっと強張ったが、観念したのか完全に体重を預けてくれた。

 

「......正座にこんな使い方があったとは。思わぬ収穫ですわ」

「なんか言ったか?」

「いえ、ただの独り言ですので。お気になさらず」


 上ずった声で俺の胸に顔をうずめる璃音。

 テレビのブルーレイのメニュー画面に大きく映るヒーローが、なんだかこちらを見ているようでこそばゆい。

 嗅ぎなれたはずの璃音の品のあるフローラルな化粧水の香りが鼻腔を支配し、こちらまで変に頬が熱を帯びてきてしまった。


 7月下旬のお昼前の、喉かな静寂に包まれたリビング。

 今さら退くことは、男として絶対に許されない気がして。

 心臓の鼓動が璃音に聞かれないことを強く祈りながら、ただ早く終わるのをひたすら待った。


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