第27話【知ってるか? 一昔前は教室にエアコンが無かったらしい......】

 一学期最後のホームルームを終えれば、教室内の雰囲気は一瞬にして緩く和やかな雰囲気に。

 部活バッグを持って出て行く人間もいれば、時間があるのをいいことに友人とダラダラ歓談する人間もいる。

 少し前の俺だったらきっと、前者でも後者でもない『真っ先に家に帰る』を選択していたであろう。


日向ひなたさんがカバンに付けているそのお人形は、一体何ですの?」

「あ、これ? ちい〇わって言うんだ~。へへ~、可愛いでしょ~♪」

愛衣あいの趣味はともかく、私ちい〇わ見ると無償にボコりたくなる衝動に駆られるんだよな」

「しーぽん、こういう弱々しい感じのゆるキャラ嫌いだもんね」


 璃音りおんの保護者の肩書を持つ今の俺は、彼女たち四人から少し離れた自分の席で聞き耳を立てつつ、忠犬の如くじっと待ち続けている。

 日に日に暑さ増す、外のだるような気温と比べ、教室内は適度な冷房で保たれ気持ちが良い。

 できればずっとこのまま留まりたいところだが、食堂は今日から夏休み。購買も明日から夏休みなので、おそらく残っているのは賞味期限の長いお菓子くらいなもの。

 どのみち昼食の用意をしてある我が家に帰る選択肢しかないのだ。


「そんなに退屈なら長月も入ってくればいいのに」


 待つのに飽きて冷房で冷えた机に突っ伏していた俺の前に、日向がふらふらっと寄ってきた。


「女子四人が仲睦まじく歓談してるところに俺が行ったらおかしいだろ」

「長月って見た目硬派だけど結構うぶなんだな」

「そうなんですの。長月さんは見た目の割に結構可愛い部分がおありなんですのよ」

「お互い、見た目とのギャップがあると苦労するな」


 璃音と浅川にディスられる俺の肩に、優しい眼差しの篠田が手を置いた。

 体育祭きっかけで浅川と篠田とよく喋るようになった俺たち二人。

 璃音に関しては他のクラスメイトとの離れてしまった距離も少しだけ戻ったようで。明らかに体育祭前よりクラス全体の璃音に対する雰囲気が良くなった。


「俺のことは気にせず思う存分くっちゃべっていてくれ」

「誰かさんが退屈そうにしてたから来てあげたのに。つれないね~」

「ですわよ。もうちょっと感謝の気持ちを述べて頂いても宜しいかと」


 いやいや。そこのお顔の横に立派なドリルを生やした方。お前がクラスメイトとの歓談をお開きにしてくれたら丸く収まるんだがな。

 ぼっちな俺を会話に混ぜると言っておきながら、結局は場所をこちらに移しただけでまた四人でワイワイ話しはじめる。新手の嫌がらせか?

 体内時計で計算して、多分10分ほど経過した時――。


「長月君は夏休みどうするの?」


 俺そっちの気で会話に華を咲かせていた日向が突然話を振ってきたので、とりあえず机から身体を起こす。


「どうするも何も......これと言って特には」

「虹ヶ咲と何処か遊びに行く予定はないのかよ?」

「ちょっとしーぽんさん!?」

「......なんだ、何処か行きたいところでもあるのか?」

「これは......思ったより強敵ですな」

「だな」

「長月、さてはお前バカだろ」


 日向と浅川はともかく、つい先程まで俺に仲間意識を持っていた篠田までもがジト目を向けてきた。

 璃音の方は――大きなため息をつき、気持ち拗ねた感じの表情でこっちを見ている。

 俺、なんか変なこと言ったか?


「......ねぇ虹ヶ咲さん。虹ヶ咲さんの家って、もしかして別荘とか持ってたりする?」

「勿論ですわ。いくつか所有していますが」

「一個じゃねぇのかよ! リアルな金持ちすげぇな!」

「しーぽん、家は一個じゃなくて一軒ね」


 リアクション芸のお手本のような驚きで篠田が身体をのけぞらせれば、浅川が持ち前のクールさで的確につっこむ。

 そこへ何かひらめいたらしい口角を上げた日向が、隣の璃音にさらに訊ねる。


「もしできたらでいいんだけどさ、私たちでその別荘、借りることってできないかな?」

「お父様に確認しないと何とも言えませんが......おそらく大丈夫かと」

「ホントに!? じゃあ決まりね! というわけで今年の夏はみんなで璃音ちゃんの別荘にお泊りしちゃお~♪」


 テンションアゲアゲの日向が宣言すると、まだ教室内に残っていた数名のクラスメイトから薄っすらと拍手が送られる。


「今の時期ですと、海辺のビーチが近くにある別荘の方が涼しくて快適ですわね」 

「んな場所にも別荘持ってんのかよ!? マジ虹ヶ咲ん家、半端ねぇなオイ!!」


 驚きのあまり足りない語彙力が輪をかけて足りなくなる篠田が興奮するのも無理はない。

 俺だって以前、璃音から聞いた時はここまでのオーバーリアクションじゃないにしても驚いたもんだ。

 入り浸るうちでの庶民的な生活に慣れすぎて完全に忘れていたが、璃音は一応お嬢様なんだなと、たまに思い出す。


「良かったな篠田。俺の分まで存分に楽しんで来いよ」

「何言ってんの長月君。持ち主である璃音ちゃんが行くんだから、騎士ナイトの長月君も自動的に同行が決定するに決まってるでしょ」


「......それ、正気で言ってる?」



 真顔で返す俺を、日向は満面の笑みを浮かべ黙って頷いた。


「当然だろ。虹ヶ咲の面倒を見れるのは長月しかいないんだから。それとも何か、長月は虹ヶ咲がビーチでナンパされてもいいって言うのか?」


「......騎士の役目、今回はお前たち狂犬とその使いに頼んだ」

「誰が狂犬だコラ! 男がガタガタぬかしてんじゃねぇ! 覚悟決めろや!」

「長月さんはわたくしたちと別荘に行くの、嫌......なんですの?」


 前門は不安気なドリルのお嬢様と、悪戯心を隠せない見た目ビッチの陽キャ。

 後門は吠え癖のある狂犬とその飼い主に挟まれ、もはや俺に逃れるすべは存在しない。

 民主主義とは時に恐ろしいと学んだ瞬間である。


「――まぁ、お前らだけで泊まりっていうのも危なっかしいからな。暇つぶしがてら行ってやる」

「それでこそ虹ヶ咲さんの騎士!」

「騎士はやめろ。せめて保護者程度で勘弁してくれ」

「子供扱いされるのは納得がいきませんが、長月さんがそこまで仰るのでしたら、連れていって差し上げますわ」


「二人揃ってツンデレ対応とは暑いねぇ~♪ 夏・だけ・に♪」


 ご機嫌な日向が寒いギャグを交え、自分の顔を手で仰ぐ仕草を取る。

 やはりこの女は敵に回ると厄介極まりない。

 今後ともクラスで立ち回る際は日向の動向には充分気をつけよう。


「......あ、わたくし、8月のお盆直前だけは予定が――」

「分かってるって。お父さんと船の旅だっけ? そこは上手くみんなの日程調整するから任せて♪」


 璃音は来月の8日から、二ヶ月ぶりに日本に帰って来る父親と一週間船で海外を回るらしい。

 知らせを聞いた時は余程嬉しかったのか、今みたいに嬉しそうな表情で喜んでいたっけ。

 唯一の肉親と久しぶりに二人っきりで過ごせるとなれば、そんな感じなのかもな。


 なんにせよ、今年の夏は全体的に騒がしくなるのはほぼ確定済み。

 別荘についてあれこれ会話を弾ませる四人を横目で見ながら、怠いと思いながらもどこ

か楽しみな自分がいることに、ちょっと驚いた。


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