第65話 別れ

 沙也加さやかに腕をすっと掴まれた。


「…っ……嫌っ……」


 小さい子供が親におもちゃを買ってもらえなくて駄々をこねるみたいに。


「むりっ…… わ゙たし、沙也、加がいない、と、やっ……けないっ」


 私がこうすることによって、沙也加が困るだろうこともわかっていた。誰よりもそれは私が一番分かっているはずだった。

 けど……もしかしたら、沙也加が私の願いを聞き入れてくれるかもしれないから。


「……」


 私の顔はおそらく涙まみれでぐちゃぐちゃになっている。沙也加から教えてもらったメイクも台無しだ。


「あたしも……嫌だぜ」

「っ……」


 沙也加が悔しそうに顔を歪ませる。


「親を説得できなかったときように、こっちで一人暮らしをする覚悟も決まってたんだ……だけど、色々調べてみて一人暮らしは難しい、という判断に至っちまった」


 ここで初めて沙也加が真剣に「転校」の件について抵抗しようとしてくれていたことが露わになる。


「ったりめえだ。あたしだってはるかとは死ぬほど離れたくない!!」

「えっ」


 涙がすーっと引いていくのを感じる。


 近所迷惑なんてなんのその。私たちにとってそんなことなどどうでもよく、今は沙也加だけを見ていたかった。


「ねえ、沙也加っ。覚えてる゛? あなたがっ……私を、救ってくれた、どきのこと……」


 嗚咽を極力抑えながら、なんとか言葉を紡いだ。

 沙也加だって私と同じ気持ちなんだ。だから、私だけ泣くなんて卑怯な真似はしちゃダメだよね。


「……もちろん。覚えてるぞ」


 巡り合わせ、とはすごいものだと思う。たしかに私はあのときとても辛かった。何度自分の運命を呪ったことか。

 けれど今考えてみると、私が佐藤さんたちにいじめられていなかったら──宮森遥みやもりはるか尾仲沙也加おなかさやかが出会うことはなかっただろう。

 神様を恨めばいいのか、褒めてあげればいいのかとても悩むところ。


「あたしさ、遥があたしのことを受け入れてくれてめっちゃ嬉しかったんだぜ。こんな見た目だからよ、結構みんなあたしと接触したがらねえんだよな」

「ふふっ。わかる……」


 思わず笑いが漏れてしまった。


「おいっ。そこは否定するところだろ!」

「ううん、しないよ。それも含めて私の大好きな沙也加だから」


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