第57話 変化

「悔しいですけれど、私たちが負けてしまったのも納得ですわ。……どうかされましたの?」

「……えっ、ううん。ちょっとでも、一回席を外してもいい?」


 私の隣に座っている姫川ひめかわさんは、一瞬戸惑い顔を浮かべたあとに述べる。


「ええ。構いませんけど……」


 すぐ戻るから~、と姫川さんに言い残し、メール主から送られてきたその場所に向かった。


 ※※


 さすがに驚きを隠せない、というのが私の素直な気持ちだった。

 彼から呼ばれた場所に向かいながらも、なぜ私がこのタイミングで呼ばれたのかについてもう一度考えてみる。


「明らかに、今までとは違うよね……」


 どこがどう違うかと訊かれてもはっきりとその違いについて述べることはできないけど、過去の私の経験が、そうなのではないかと囁いている。


 目的の場所に着くと、そこにはすでに彼の姿があった。


「どうしたの?」


 そう言いつつも、私の中の疑問は確信へと変わりつつあった。

 今目の前にいる彼のぎこちなさとこの場の空気がのものと同じだ。


「試合さ、負けちまってごめんな」


 そう発する彼の目が少し腫れているように見えるのは気のせいだろうか。


「ううん。沢西さわにしが謝るようなことじゃないよ。沢西は誰が見ても分かるくらいに全力で戦ってたし、私が思ってた以上に強かった」


 自分の立場に見合っている言葉選びなのかはわからなかったけど、今沢西に言ったことが私の思っている彼に対する正直な気持ちだった。

 偽るほうが沢西に失礼だと思い、あえて言葉遣いも、すべて心のうちのままを伝えた。

 すると、体育着のポケットから着信音が鳴った。


「……出てくれ」


 この状況で電話をするのも人としてどうかと思ったけれど、沢西本人が出てというのならそれで出ないというのも変だ。


「ありがと」


 沢西に軽くお礼を言ってからポケットに手を突っ込み、スマホを取り出した。


「……!」


 スマホの画面には、ある人物の名前が表示されていた。


「ごめん。出るの後ででもいいかな?」


 立て続けに起こることの情報量が多すぎて、頭がパンク寸前だった。二つのことを同時にこなすことが苦手な私にはひとつずつ解決していくほうが向いているはず。


「……あれだったら、一回俺飲み物買いに行ってくるからさ、今電話できたりしないか?」

「わかった」


 すると「じゃあ、俺ちょっと!」と言って駆け足で――おそらく、自動販売機? に向かっていってしまった。


 一抹の不安を覚えながらも【着信】ボタンを押した。


「もしもし……」

『おっ、いたぜ!』「おっ、いたぜ!」


 同時におなじ声質の声が二つ、私の耳に届いた。




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