第51話 遥と沙也加の出会い

 あれはある日の放課後、校内の屋上であった出来事。


 私をさっきまで見下し、笑いからかっていた人たちの顔色が一気に変わった。

 ドスの利いた声に、テニスラケットをくるくると回しながら名前も知らない彼女が言い放つ。


『次、あたしの親友に手を出したらただじゃおかねえから』


 心の底から悔しそうな顔をしながら退散していく彼女らを眺めていると――


『名前は?』


 助けてくれた女の子が訊いてきた。彼女のほうに顔を向けると、ばっちりと目が合う。


『み、宮森みやもり、です……』


 そう言いつつも、私は彼女に一つの疑念を抱いていた。それは目の前にいる女の子が本当に私のことを助けてくれたのか、ということ。彼女もあの人たちと一緒で私のことを騙そうとしているのではないだろうか。


『ちがうちがう。名前教えてよ』


 ……? 


 意味がわからず黙っていると、彼女が『名前だよ名前! あるっしょ?』と身体を前のめりにしてもう一度訊ねてきた。そこでやっと彼女が言っている意味を理解する。


はるか、です……』


 彼女のそのあまりにも興味津々な態度を見て、それが私を騙そうとしているわけではないのではないか、と半分ぐらいは彼女のことを悪い人ではないな、と思い始める。


『ハルカ……』


 一度私の名前を繰り返し、彼女はそこで沈黙した。


 どうしたんだろう。


『あのー』


 おそるおそる、なんで固まっているんですか? と訊ねてみようと思ったけれど、いざ発してみようとすると言葉が中々続かなかった。

 すると、彼女がしみじみと感じているような口調で口を開く。


『いい名前だよなー』

『えっ?』

『こっちは沙也加さやかだぞ沙也加! なんか可愛くない名前だよなー』


 そんなことないと思うけど……、と思うものの、やはりその言葉が彼女に届くことはない。


『あたし友達全然いないからさ、友達になってくんね?』


 沙也加と名乗った少女からの突然の提案。少し前の私ならすぐにその提案に乗っていたことだろう。けれど――


『……』


 今さっきあった出来事の後にそんな簡単に「うん! よろしくね!」と言えるほどの度胸は私にはない。


『頼む! こんな可愛い子これまでに見たことねえんだ』


 私はそこでしぶしぶ頷いてしまった。

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