第45話 白熱
「おい! 俺も狙えや!」
そう言いながら、私のほうにそのたくましい背中を向ける男の子がいた。
「さ、沢西っ……」
何故か私の目からは涙が零れ落ちそうで、声もいつもよりもずいぶんと掠れていた。
「立てるか?」
「……ぅんっ」
普段はまったく頼りにならなくて、ふざけてばっかり。けれど、今だけは—―ボールを抱えてこちらに手を差し伸べてくれる彼が、夢の中の王子様みたいにきらきらと輝いている。
かっこいい、と素直に認めてしまえるほどに。
「どさくさに紛れてセクハラすんな―――!」
外野にいる咲島がこちらに向かって叫んでいる。
「してねえわ―――!!」
それに大声で返す沢西が面白くて少しの笑いをこぼしながら、彼が差し伸べてくれた手をそっと掴んだ。
「ありがとっ」
「お、おう」
すると、相手コートのほうからは「ちっ」と舌打ちが聞こえてきた。かなり感じが悪い。
「よっしゃー! 行くぜ行くぜ行くぜー!」
律儀に相手チームにボールを投げることを申告するような声を上げながら、沢西がボールを放った。そしてすぐにそのボールは向こうのコートに――
「やべっ」
ボールは相手チームの男の子の肩に当たり、シュンと姫川さんがいる外野のほうに飛んでいった。外野に入ったボールは、すかさず姫川さんの手によって投げられる。
次の瞬間、女の子にボールが当たった音がした。
「ちっ」
その舌打ちを聞き、一瞬自分の目と耳を疑った。
なぜならその舌打ちをした人が、私たちにドッチボールの試合を提案してきた男の子、もとい相手チームのキャプテンだったから。
私たちに試合を申し込んできたときのような、あの礼儀正しさはどこへいったのやら……。
「絶対当てろ!」
そう言って、相手のリーダーの男の子は自分チームの外野に向かってボールを投げた。
「今度こそ俺を狙いやがれ!!」
そう言い放った沢島が、私の前方に身体を突き出した。
すると、相手チームの男の子が沢西に懇願をし始めた。
「頼む、どいてくれ……」
唐突に発せられた切実な声音。
「いやだ。絶対にどかない!」
「くっ……」
その悲しげに歪んだ表情の奥には、恐怖の怯えが住みついているように見えた。何が彼をそこまで怖がらせるのか。
そして、相手チームの彼が放ったボールは沢西によってしっかりとキャッチされる。
「っざけんな―――――!!」
沢西が思いの丈を叫びながら相手チームのリーダーに向かってボールを放つ。
けれど、そのボールはバシっとキャプテンの男の子によってキャッチされた。
「キャッチすんなやー!」
「は? 何を言ってるんだ」
そこからは二人の間で数回にもわたるボールの投げ合いが繰り返される。
段々と加速していくラリーの速さに、誰もが見守ることしかできなかった。
そしてついに、その時が訪れる――
「くそっ……」
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