第35話 崩れていく

「なら、いい」


 たったそれだけを言い残して先生は教壇のほうに戻っていってしまった。

 随分とあっさりとした終わり方だった。


 それにしても――


「やっぱりちょろいね、あの先生」


 咲島さきじまが一言さらりと述べた。


「ちょっ! そういうこと言わないの。たしかに私もそう思わなくはなかったけど……」


 すると、長机を一つ挟んだ向かい側にいる男の子も楽しそうに口を開いた。


「だよな、だよなー! 見た目の割に全然大したことねえじゃん!」


 ……お願い。二人ともそれ以上先生の悪口を言うのはやめて。それ以上言ったら、今度こそどんな目に遭うかわからない。


「ホントにやめてよー。それ以上言って先生に聞こえでもしたらどうするの?」


 咲島は驚いたような表情一つ見せずに、子供をあやすように言葉を告げる。


「わかった、わかった! もうやめるから。それにしても、ハルは真面目だなー。可愛いなー。そういうところが男子にモテる秘訣なんだろうなー」


 即座にそれを否定する。


「そんなことない。私、別にモテてないよ?」


 すると、なぜか咲島が、彼女から見ると長机を挟んだ斜向かいの彼に視線を向けた。私から見ると長机を挟んだ向かい側の彼に。


「は? なんで俺のほう見るんだし」


 咲島が、ほんのり照れているように見える彼に言葉を返す。


「だって、沢西さわにし、ハルのこと好きじゃん?」


 沢西があうあうと言葉に詰まっていると、


「失礼します」


 声がしたほう――教室の扉のほうに振り向く。って、あ……。


沙也加さやか!!」


 彼女の姿を見た瞬間、胸の奥底からどっと込み上げてくるものがあった。


 周りの人のことなんてそっちのけで、思いの限り叫んでいた。

 けれど、彼女は私の声が、まるで聞こえていなかったかのように、私に目もくれない。


「なんで……なんでよ……」


 喉が思い通りに機能してくれなくなる。……もう一度叫びたい。沙也加がこちらに振り向いてくれるまで。でも――


「ハル、どうしたの……?」


 あぁ、もうダメだ。もう、ダメなんだよ……。


「どうしたんだ、宮森みやもりさん。いきなり大声を出して」


 そこから崩れていくのは簡単だった。


 沙也加との思い出が、ひとつひとつ風船のように割れていく。


 パチンっ。パチンっ。


「おい。誰か宮森さんを保健室に連れていってやれ」


 声を出そうとしても、それらすべてが嗚咽に変わって口外に出ていく。


「……うっ……っ……」


 気持ち悪い。


「……けほっ、けほっ」


 ああ……今まで紡いできたものが、こんな簡単に壊れるなんて。


 沙也加が今まで私を無視することなんて、あったかな……。


「もう用事は済んだので、ワタシがこのまま保健室に連れていきます」


 そもそも――。


 ※※


「……」


 ここ、どこだろう……。気がついたら見たことのない天井が……天井?


「あっ」


 自分の目の前に広がっている光景に違和感を覚え、思わず身体を起こす。

 そして、私の周りを覆っているカーテンを開く。


「……」


 周りをぐるーっと見渡してみるけど、やっぱりそこに広がっていたのは見たことのない光景だった。


 けれど、置いてある物に既視感を覚える。

 身長を測るための身長計。赤色をした救急箱らしきもの。絆創膏や消毒液が大量に置いてある棚。


「保健室……」


 でも、なんで保健室に? たしか、自分がみんなの前でみっともなく泣いてしまったのは覚えている。


「あっ、沙也加は」


 そう思いベッドから急いで立ち上がり、ほんの少しだけ歩いたあとに保健室の扉を開ける。


「わっ!」 「おっと! ……あら、起きたのね」


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