第34話 咲島VS美術教師

「付き合ってないよ」


 私が悠斗はるとくんと付き合っていないことを、長机をはさんだ目の前にいる彼に告げると、その男の子はやや興奮気味に早口で捲くし立てる。


「じゃあさ、じゃあさ! なんでカバンに同じキーホルダーつけてんの!」


 さすがに一日に三回も同じ質問をされると、答えるのが少し億劫になってくる。あと


「声が大きい。もう少し静かに喋らないとまた先生に怒られるよ。怒られても知らないからね」


 いくら教室の後ろのほうの席で、今は班で協力して描く絵を選ぶ時間でみんなが喋っているとはいえ、彼ほどの大きな声を出してしまうと先生にもその声が伝わってしまう。


「そうそう。あと、ハルはもうその話については話したくないってさ」


 そう述べた左隣の彼女にふと目を向ける。

 ……ハルって私のこと? えっ。なんで急に咲島さきじまは私のことを――。


「だよね? ハールちゃんっ!」


 私が咲島の話に頷かなかったからか、彼女は私のほうに向いて「ね? ね?」と首と目で訴えてくる。


「……う、うん。今するべき話では、ないよね」


 駄目だ。今朝からどうしても、時々沙也加が私の頭の中を蝕んでくる。それに、私こそ今考えるべきではないことを考えちゃってる……。


「なんかちが~う。求めてた反応となんかちが~う」


 そんなこと言われたって、咲島が求めてた反応を私は知らない。


「私だって咲島の欲しそうな言葉を頑張って選んだんだよ? それなのに否定するのは酷くない?」


 彼女のほうを振り向きながら言うと、なぜかそこで咲島がババっと椅子から腰を浮かせ、こちらに身を乗り出してきて上目遣いで目をぱちくりぱちくりさせながら私のことを見つめている。ち、近い……。


「……な、なに」


 たじろぎつつも、できるだけ平静を装いながらなんとか言葉を紡いだ。


「えい!」


 その掛け声にとともに咲島の右手が私の目の前に飛んできて思わず目を瞑る。私のおでこに温かい、柔らかな皮膚の感触が伝わってくる。


「何やってんだ、君たちは」


 予想していたものとは違う声が私の脳裏に響き、声が聞こえてきた自分の後ろのほうに目を開けたあとに、顔を向ける。


「……」


 視線の先に立っていたのは、腕を組みながら不満そうな顔をしている強面の先生だった。未だにこの人が美術の先生だなんて信じられない。


「何やってるんだと聞いてるんだ。答えろ」


 その冷静な口調の裏には怒気が孕んでいる。


「ハルが熱ありそうだったんで、測ってあげていました」


 一番最初に口を開いたのは、咲島だった。下手に口を出すことはせずに彼女を見守ることにする。


「……ハルっていうのは、宮森遥みやもりはるかさんのことか」


 先生のその問いかけに咲島が「はい」と言いながら、首を縦に振る。


「本当にそれ以外の理由はないんだろうな」

「はい」


 咲島は迷うことなく首肯する。


「……」


 先生が咲島の顔をじーっと見つめている――というよりかは、睨んでいると言ったほうが正しいかもしれない。


 そして、自然と教室内が静かになっているのに気がついた。


 静寂が、この場を支配していた。


「……」

「……」


 咲島と先生の睨み合いがみんなの視線を引きつけている。


 そして、ついに静寂が切り裂かれた。


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