第29話 姫川麻乃、宮森家に降り立つ

姫川ひめかわさん! 今日は来てくれてありがとね!」


 目の前の美人な女の子、もとい姫川さんは「いえいえ、こちらこそです」と笑顔で微笑みを返してくれる。


 やっぱり姫川さんは落ち着いていてカッコイイなーと思い、彼女に少し憧れを抱く。

 だからこそ今朝の姫川さんの笑い声を私は急に思い出してしまって、笑いそうになるのを必死に堪える。


「では、中にどうぞ!」

「お邪魔いたします」

「美味ですわっ! このビーフシチューは宮森みやもりさんのお母様が作られたのですよね?」


 姫川さんのテンションの上がり具合に驚きを隠せないでいると、ママは私の友達が家に来てくれてとても機嫌がいいのか「そうよー、そうなのよー」といつもよりも甲高い声で発した。


「あたしもはるかのお母様のビーフシチューすっげぇ大好きです〜!」


 沙也加の『お母様』呼びと喋り方に違和感を覚え、思わず吹き出しそうになってしまうのを必死に堪える。


「あら嬉しい! 二人ともいつでも食べに来てくれていいんだからね〜!」


 ママはやっぱり上機嫌だ。


「ママったら、調子がいいんだからー」と嬉しさ半分呆れ半分で言うと


「おばさんはもうそろそろお暇しなきゃねー、あとは、若い子たちで楽しんでね〜」とリビングを出ていってしまった。


 別にそういう意味で言ったわけじゃないのにー、と思いつつも心の中でママに感謝を述べることにした。


「それにしても、姫川さんはキ、綺麗だなー」


 沙也加にしては、随分と感情が乗っていない言葉のように思えた。


「ソソソ、そんなことないですわよ。あなたのほうが私の百倍は綺麗ですわよ……わよ」


 なんだろう……。二人とも言っていることは相手を喜ばすような言葉なんだけど、どこかぎこちがない。特に姫川さんは噛みすぎな気がする。

 ここは私の家なんだし、私が姫川さんをいつも通りに戻してあげなきゃ!


「姫川さん! そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ! たしかに沙也加は行儀が悪いときがあるし、口調もヤンキーっぽくって荒いことが多いけど――ホントはすっごく優しくて友達想いな子なの!」

「いやいやいや、カバーしきれてないぞ」


 即座に私の言葉に沙也加は突っ込みを入れてくれた。


 沙也加からすると悪い聞こえの言葉が多かったかもしれないけれど、これらの言葉はまるっきり私の本心で、それと同時に私にとってはそのすべてが沙也加の好きなところなのだ。

 沙也加の良いところも悪いところも、それらすべてが私には輝いてみえるから。


「ちなみになんですけれど、なぜ尾仲おなかさんはここにいるんですか、宮森さん」

「……」


 あれ、私、なんか責められてる?


「誤解させてしまっているのでしたら、すみません。けれど、別にこれは私があなたにどうこう言っているわけではありませんの。ただ、ここに尾仲さんがいる理由を知りたいと思いまして」


 理由を知りたい、ってどういう意味だろう。姫川さんは私を責めているわけではないっていうけれど、私にはどうしても姫川さんが私を責めているように感じてしまう。


「なぜ……って、友達って理由じゃ」

「姫川! その辺にしたらどうだ」


 沙也加が急に何故か大声を上げた。

 あの時以来、久々に聞く沙也加の怒りを帯びているような声。


「そちらこそ。宮森さんの前でそんな大声を上げないで下さいまし」


 沙也加よりは声が全然出ていないけれど、その声が力強いせいか、すごく迫力を感じる。


 斜向かいの席同士で睨みあう二人。


「それはお前が遥を責めるようなことを言うからだろうが!」

「沙也加……?」


 おかしい。明らかに沙也加の様子がおかしい。


「せ、責めてなんかいませんわ! 私はただ宮森さんに質問を……」


 沙也加の怒り? とも取れるその怒号に尻込みをしながらも、なんとか言い返すことを続ける姫川さん。けれど、最後のほうの言葉に覇気はなく声が段々と小さくなっていった。

 すると、突然。隣でガタッと音がして私がそちらのほうを見てみると――


「……すまん。今日はもう帰るわ」


 そう言って沙也加は椅子から立ち上がり、私たちが何も言えずにいると沙也加がドアの前まで来たところでピタッと脚を止めた。


「遥、じゃあな。姫川もごめんな、大声出しちって」



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