第19話 ドジっ子先生

 気づいたときには、沙也加さやかが私にものすごい勢いで抱きついてきていた。

 転びそうになりながらも何とか沙也加を支えきることができた。


 少しの間、私と沙也加が話をしていると、


「ホントに、二人は仲がいいな」


 そんなパパの発言に、沙也加は満面の笑みを浮かべ始める。


「ありがとうございま――す! ん? 父親公認ってことは! あたしたち結婚していいってことじゃねー!?」

「ちょっ! なに言ってんの沙也加! ふうくんに毒薬でも飲まされたんじゃ……」


「いや、むしろ毒薬を飲まされたのは俺のほうなんだけど」


 と、いつの間にか戻ってきていた風くんがそれに異を唱えてくる。


「そ、そうだよねー……」


 よくよく考えてみれば――じゃなくて、ちょっと考えてみれば沙也加が風くんを振り回してたのぐらい、わかるよね。


「いやいやいや、飲ませてねぇし!」

「うん。知ってるよー」


 知ってるけど、どっちが毒薬を飲ませるかって考えると……うん、そうなるよね。


「よし。片付けはもう終わったから、帰りたくなったときはいつでも言ってくれて大丈夫だぞ」


 パパがそう発言すると、私はパパに頷きを返した。


「風くん、彼女いるって言ってた?」


 パチパチと小さく火花を散らしている手元の線香花火を見ながら言うと


「……やっぱり知りたいか?」


 沙也加にしては歯切れの悪い言葉だった。


「こう見えても、あたしは秘守義務は守るタイプだからなー」

「そんなにすごいことを言われたの?」

「すごいことっていうか……まあそうだな」


 それでもはっきりと言わない沙也加に、私は風くんがどんなにすごい爆弾を抱えているのか、なおさら興味が湧いてきた。


「わかった。なら、あとで私から直接風くんに聞くことにするね!」


 すると、沙也加が心の底から申し訳なさそうに言葉を発する。


「ごめんなー、はるか


「全然大丈夫だよ! そもそも自分で聞こうとしてなかったこと自体が今思えば間違ってた気がするしっ!」


 ――そう、本当に。


「あ、落ちた」


 沙也加のそんな声を聞き、彼女の線香花火に目を向けてみると、その先端にあった小さな丸い火の塊が見事に失くなっていた。


「やったっ! 私の勝ちだね!」


 すると、沙也加は口の先を尖らせた。


「ちぇー、はるかの勝ちかよー」


 ※※


 次の日。


 私は教室に入り、自分の席まで来たところでスクールバッグから筆箱を取り出すと――


「あっ……」


 悠斗はる とくんが漏らすようにそう零した。

 私がそれに反応して悠斗くんのほうに顔を向けると、


「さっそく、使ってくれてるんだ……」

「うん! すっごく使い勝手いいよ。ホントにありがとー!」


 ドンっ!

 教室内にいつも通りの鈍い音が響き渡り、誰が入ってきたのかはわかりつつも一応その音がしたほうに目を向ける。


「いやーなんでだろうなー、私ったらドジっ子ちゃんなんだから〜」


 やっぱり教室のドアを勢いよく開けたのは先生だった。


「あ、そうそう。今日は特に言うことないから一時間目の準備していいよー」


 机にバッグを置きながら先生が言うと、教室に一瞬の沈黙が落ちて、すぐにまたもや教室が騒がしくなる。

 次の授業はなんだったかなー、と思いながら私がスマホを開くと――


「あっ、 やっべー……。ちょっとそこのー……春菜さんと晴美くん? 教員室から出席簿持ってきてくれるー? ホントにごめんねー」


 そう言いながら、私とその隣に座っている悠斗くんを見つめる先生。


「あ、わかりましたー! あと、はるなじゃなくて遥です」


 そう言ったあとに、隣の悠斗くんのほうを見るとちょうどこちらに振り向いた彼と目があった。


 私は少したじろいだあとに、


「行こっか」


 と言うと、悠斗くんがおどおどしながらも頷きを返してくれた。


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