第18話 次の恋を頑張んな!

 ──宮森みやもり 風雅ふう が──


「そう……」


 どこか遠い目をしながら、そう答えた沙也加さやかさん。


「えっ! 沙也加さんが妹ってことですか!?」

「そうだ。あたしには、兄貴がいるんだぜ」


 兄貴……。

 てっきり俺は沙也加さんが一人っ子だと思っていた。


「どんなお兄さんなんですか……?」


 すると、沙也加さんは「よくぞ聞いてくれました」とでも言いたげな表情になった。


「あたしの兄貴はすんっっっっっげぇーあたし想いだったぜ!」

「だった……」


 その俺の発言が伝わったのだろう。


「もう、死んでんだ」

「えっ……」

「あたしの兄貴は、交通事故で死んじゃったんだ」


 そんなことが……。

 そして、俺は沙也加さんのその告白になんて答えるべきなのだろうか。


「ごめんな。こんな答えづらいようなことを言っちまって」


 なおも沙也加さんは続ける。


「あたしさ、はるかを初めて見たとき――思ったんだよな。遥はあたしが守ってやんなきゃいけないんじゃないか、って」

「……どういう、ことですか」

「遥は、――いや、遥自身が話してなさそうなことをあたしから言うのはよくないな。その時になったら、遥から直接聞いてみてくれ」

「わかりました……」


 俺には沙也加さんが何について言っているのかがまったくわからなかったため、曖昧にそれに頷くことしかできない。


「ただ、一つだけあたしと約束してくれないか……?」

「内容によりますけど、なんですか」


 沙也加さんは、一度沈黙の間を作ったあとに、


「あたしが、もし――遥の面倒を見きれなくなることがあったら、その時は頼むぞ風雅。遥を支えてやってくれ」

「……はあ」


 俺の理解が及ぶ前に、沙也加さんは言葉を続ける。


「男と男の約束だ」

「いや、あなた女じゃないですか」

「約束に男も女も関係ないだろ? なら、細かいことは気にすんな」

「……」


 無茶苦茶だ。


「あ、そういえば風雅に一つ聞きたいことがあったんだったわ」

「今度はなんですか」


 俺がため息混じりにそう言うと、沙也加さんは俺のことをバカにしてそうな愉快で楽しそうな表情に戻った。

 先ほどの沙也加さんの真剣な表情がすーっと顔から抜けたことに内心で驚く。


「風雅って彼女いんの?」

「いや、いないですけど……」

「まあ、次の恋を頑張んな! それとも……あたしが風雅の彼女になってあげようかな〜?」


 その言葉のあとに色目を使いながらチラチラとこちらに視線を向けてくる沙也加さんに、俺は少しの苛立ちを覚える。

 いや、その彼女の言い草にクラっときてしまった自分に無意識のうちにイラついてしまっているのかもしれない。


「いえ、お断りしておきます」


 俺は沙也加さんに自分の真意を気付かれぬよう丁重に断った。

 ……って、なんで俺がフラれたのがバレてんの?


「というか、『次の恋を頑張んな!』ってどういう意味ですか!」

「だって、フラれたんだろ?」

「ぐぬぬ……」


 さも当然と言わんばかりのその沙也加さんの態度に、俺は正直な反応をしてしまう。


「そのぐらいわかるっての! あたしが今まで何人の男に告白されてきたことか……」


 これもまたムカつく。なぜなら、その発言がただの戯言にはまったく聞こえなかったからだ。


「それに、二人ともわかりやすすぎだからな〜」

「二人……?」

「あ、ほら。はるか風雅ふう がのことな! さすが姉弟ってだけあって遥と同様に風雅も隠し事が下手だなんだよなー」


 最後の言葉は、どこか目線を宙に彷徨わせながら発した沙也加さん。


「まあ、そういうとこが二人とも可愛いんだけどな」


 ──宮森みやもり はるか──


「よしっ。やっと片付け終わったね」

「そうだな。それにしても、風雅たちはまだ着替えてるのか。帰ってくるのが遅いな」

「う~ん、どうだろう。さすがにもう着替えは済ませてるんじゃないかな? あっ、道にでも迷ったのかも!」


 私は、何故沙也加が戻ってこないかをなんとなくわかっていた。

 というよりも、十中八九私がお願いしたことを沙也加は今してくれているのだと思う。


「そういうことか。尾仲おなかさんは置いておくにしても風雅はああ見えて方向音痴だからな」

「そうそう」


 風くんは小さい頃からいつも私の後ばかりをついてきていた。そして、その弟ならではの環境のせいか、風くんは方向音痴なのだ。


 と、ふいにパパが遠くをじっと見つめ始めた。


「あれ、風雅と尾仲お なかさんじゃないか?」


 その声を聞いて、私もパパの見ている方向に目を向けてみるが、今日はコンタクトをしていないせいでこの距離からでははっきりと顔が認識できない。


「ごめん。私にはちょっと見えないや」


 けれど、こちら側に手を振っている人を一人、私は視認することができた。

 そして、段々とこちらに近づいてくるごとに私は――


「とぉいっ!」




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