第16話 へによへにょな風船

「えっ! うん。やる……?」


 沙也加さやかのその両手にはあろうことか、大量のへにょへにょな風船が握られていた。


「やりたくなさそうだなー。まあ、たまたま家にあったものを持ってきただけだから別にやりたくないならやんなくても全然いいんだぞ!」

「やりたくないっていうよりかは――風船を膨らませて年甲斐もなく外で遊ぶのはちょっと恥ずかしいかな、って思って……」


 沙也加は「うーん」と少し悩ませたあとに、


「でも、これってこういうときに遊ぶためにあるんだし、あんまり気にしなくてもいいんじゃないか?」


 風船って、遊ぶためというよりかはどっちかっていうと装飾のためにあると思うんだけど――私の感覚がおかしいのかな……?


「うん……そうかも?」

「別にやりたくないなら、やりたくないでいいぞ。あたしに気を遣う必要なんてないんだからさ」


 と発したあとに、何故か沙也加が蛇口の近くで腰を下ろし始めた。


「えっ! なんで蛇口!? 私、風船の中に水を入れてる人なんて初めて見たよ」


 すると、沙也加が急に大声で笑い始めた。


「なんで笑ってるのよ!?」

「いや、だって面白すぎだろ。……そっか、そういうことか」

「……」


 私は何がなんだかわからなくて、沙也加になんていい返していいのかがわからない。


「ほいっ」


 沙也加が掛け声を上げながら、風船に水をパンパンに入れたものを風くんに向かって投げた。


「あっ」


 ふうくんはスマホを見ていたこともあってか、自分のほうに飛んできているその風船に気づいた頃には、彼の足元で風船がすごい音を立てて割れていた。


 一瞬にして地面に水が広がった。

 沙也加が二ヒッと少年みたいな表情で笑いながら言う。


「こういうこと」


 ※※


「ちょっ! この人足速くね? うわっ。もうびしょびしょなんだけど!」


 いつもは大人しい風くんが、今ばかりは声を荒げている。

 そんな風くんを見ながらパパは言葉を漏らす。


はるかもそうだけど、風雅も今日はすごく楽しそうだよ。たしかにバーベキューっていうのでいつもよりテンションが上がっているのもあると思うけど、これも尾仲さんのおかげだよ」

「そうだね……」


 尾仲沙也加おなかさやかには、どんな人でも楽しませることのできる力がある――っていうのは、さすがに大げさかもしれないけど。

 でも、他の人よりも人を楽しませる力があるのは事実だと思う。


「久しぶりに見た。風くんのあんな楽しそうな顔」


 それに、隣にいるパパの嬉しそうな顔。

 その顔に据わっているのは、やっぱり親が子に向けるための優しい眼差しだった。


 ――なら、私はどうするべきなのか。


 目の前では風くんを捕まえたらしき沙也加が、彼の後ろの肩辺りから腕をダラーッと下ろしている。


「あの、重いんですけど……」


 風くんが遠慮がちにそう言うと、


「おい、乙女に重いとか言うんじゃねぇよ! 普通に傷つくだろうが」

「いや、傷ついているようにはとても見えないんですけど」


 思わず私も風くんの言葉に同意し、心の中で何度も頷いてしまう。


「遥の母方。風雅に着替えを渡してやってください!」

「はいはい~!」


 すると、ママがノリノリでいつの間にか持ってきていたビニールバッグを風くんに手渡す。

 そのバッグには、可愛いキャラクターものの絵がプリントされていて全体的にはピンク色を帯びて……というかあれって、私が小学校のプールの授業のときとかに使ってたのだよね!?


 風くんは嫌々ながらそのバッグを受け取った。


「いつの間に俺の着替えなんて持ってきてたんだよ――ってか、なんでこのバッグ……」


 風くんはそう文句を垂れているけれど、私的にはあれはあれでギャップがあっていいと思う――なんてとても言えない!


「まあ、いいじゃねぇか。あたしは可愛げがあっていいと思うぞ!」

「はあ……じゃあ、着替えてくる」


 と言ってから、風くんはトボトボとどこかに着替えにいく。


 すると、沙也加も近くに置いてあったバッグを取って急いで風くんの後を追った。

 それに気づいた風くんが何やら沙也加に言っていたけれど、すでに遠くにいることもあってか私のほうにははっきりと彼らの話している言葉が聞こえることはなかった。

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