第3話 振ってしまった彼

 翌朝。


 私が家の扉を開けると、いつも通り彼女が私のことを家の前まで迎えに来てくれていた。


「おはよー! 沙也加さやか


 私が外階段を降りながら沙也加に言うと、彼女はあくびをしたあとに寝ぼけ眼を擦りながら、「おはよっすー、遥ー」とかなり眠そうにしながらも返してきてくれた。


「そんなに眠いんだったら、わざわざ私の家に寄らなくてもいいって言ってるのに……」


 沙也加の目の下にうっすらと出来ているクマをチラ見したあとにそう口にした。

 でも、沙也加はどうにも私の言い分には納得できないらしく、


「いやいやいやいや。全っ然それは関係ないからな! 元々あたしは寝不足気味なんだし、むしろはるかのその朝限定のかっわいいーお顔を毎朝拝めるために学校に行ってるようなもんなんだからな! それだけは否定しちゃいかんよ!」


 と、何故かこの時だけはさっきの眠たそうな顔を嘘みたいに輝かせながら熱弁された。

 これには私も「そんなに私のことを好きでいてくれてありがとう!」と心の底から思ってしまう。

 たぶん、私の顔もその気持ちを赤裸々に反映するように、ニヤニヤと気持ち悪い顔を浮かべていたと思う。


「それにしても、沙也加っていつも目の下にクマ作ってるけど、そんなに夜色々とすることがあるの?」


 歩きながらそう質問すると、私のすぐ隣を歩いている沙也加は迷う素振り一つ見せずに口を尖らせ始めた。


「お、乙女にそんなこと聞くのは厳禁なんだからなっ!」

「なら、その乙女らしくないいつもの口調も直さなきゃね!」


 と私が小さい子供を諭すように言うと、流石にそれは嫌だったのか「げっ! それだけはやめて!」みたいな顔をしてきた。


 その顔があからさますぎて、私はついクスッと笑ってしまったあとに、言葉を紡ぐ。


「まあ、でも! 私がそういういつものカッコいい沙也加が好きなことも事実だし、そういう自分の突き進みたい道にまっすぐな沙也加に憧れてる部分もあるから、しばらくはそのままでいることを許可します!」


 すると、沙也加は「だよなー! 知ってる知ってる」とあっけらかんに言った。

 これには私も「いいことを言ったつもりだったのに、台無しだよー」と泣き言を言ってしまった。


 ※※


 私たちは学校に着き、先ほど沙也加と別れたばかりの私は、自分の教室に入った。


 すると、私が教室の中に入ってきていることに気づいてくれたのであろう友だちが声をかけにきてくれる。


「あ、宮森みやもりじゃん。おはよー!」

「おはよー! 咲島さき じまさん」


 入学した当初はどうにも、早朝から沙也加以外の人と朝の挨拶をするのに慣れていなかったけど、流石に入学から半年ほど経った今は、私もこの挨拶には慣れてきた。


「もうっ、咲島さんはやめてってばー! なんか他人行儀で嫌だからー。咲島か下の名前で呼び捨てにしてって何回も言ってるのにー」


「ごめんごめん。咲島」


 そう言いながら、私はいつも沙也加に「もう少し女の子らしい言葉遣いにしたほうがいいと思うよ?」なんて言ってるけど、私も偉そうに人のこと言えないなー、なんて思っていた。


 私は教室内を歩いて、一番前の窓側の席、もとい私の席に腰を下ろした。そしてスクールバッグを机の横にかけて、一個右隣の席に目をやる。

 そこには、いつもなら私が登校をしてくる前にはすでにいるはずの男の子の姿はない。


「どうしたのー、そんなに隣の席なんかガン見しちゃって〜!」


「ひゃっ! ビックリしたー。耳は反則だからー!」


 なんて言いながら、二人でひとしきり笑いあう。

 するといきなり、ドンっ! という鈍い音が教室内に響き渡る。

 私は、いつものなんだろうなー、と思いながらもその音がしたほうに顔を向ける。


「すまん! すまん! 皆ビックリしちゃったか? どうにもまだこのドアの加減には慣れなくてなー。いやー申し訳ない」


 と言いながら、プリントを大量に抱えた先生が教室内に入ってきた。


 皆も先生が教室内に入ってきたのに気づいたのか、わらわらと教室内が騒がしくなり始め、一斉に生徒たちが自分の席に戻り始める。

 それを見かねた先生が『うちのクラスはやっぱり優秀だなー!』なんて誇らしげな顔で口にした。


「よーし。皆、席に着いたなー。じゃあ、これから朝のホームルームを始めるぞー」


 ドンっ!

 また一つ、先ほど先生が教室に入ってきたときと同じような音が教室内に響く。

 私は思わず、その音がした教室の後ろのドアに目を向ける。


「すいませーん! 遅れましたー!」


 と私が今まさに頭の中に浮かべていた男の子が教室の中に入ってきた。


「ちょっと遅いなー。でも、まだ点呼を取ってないから今日は遅刻扱いにはしないでやるぞー」


 と先生が教室内に入ってきた彼に告げた。すると、彼もその先生の言葉を聞いて安心したのか「ありがとうございまーす!」と笑みを浮かべながら、私の一個右隣の席の椅子を引いた。

 正直言って、かなりきまずい。


 だって、その彼は、昨日私が告白を振ってしまった男の子だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る