不時着する記憶

マフユフミ

不時着する記憶


古い古い、記憶の話をしよう。


僕には忘れられない記憶がある。

正確に言えば、忘れられないというよりはふとした瞬間に必ず甦る記憶の話、ということだ。


きっと、ずっと胸に刻まれているのだろう。

なんの脈絡もなく思い出しては、本当のことだったのかを確かめる。

それほどまでに現実感がなく、どこか頼りない映像なのだ。


その昔、僕がまだまだ子供で家族と共に住んでいた頃。

実家は一度引っ越しをしているから、この記憶は引っ越す前の家での出来事だと思う。

見慣れぬ景色の中の、見慣れぬ窓。

ほとんど記憶にない窓からは、だだっ広い空き地が見える。

そしてその空き地に、大きな大きな飛行船がとまっていたのだった。


この絵を思い出すたび、なんとなく「不時着」という言葉がよぎる。あまりにも無防備で、投げ出されたような飛行船の姿だったのだ。



その光景は典型的なセビア色で、もうそのときの明るさとか温度とか、匂いといったようなものは何一つ残っていない。ただ見下ろした先に飛行船が横たわっている、それだけだ。


はたしてそれは、現実のものだったのだろうか。時折そんな風に考えてもみるけれど、「現実であった」という手応えだけが僕の中に残っている。

それに、「昔、家の裏に飛行船がとまっていたことがあったよね?」と今は亡き祖母に確かめたことまで記憶には存在しているのだ。


そのとき以降、僕は真偽のほどを確かめてはいない。


心のどこかに、その頃の我が家があまりいい状態ではなかったことが引っ掛かっているのたろう、ということはなんとなく分かっている。

その記憶の話をすれば、あの家の情景が甦ってきてしまうから。

当時のいろんながちゃがちゃした、不幸にもにた現実がリアルに甦ってしまうから。


飛行船が近くに不時着した、という事件より何より、大切な誰かを傷つけてしまう可能性のほうが僕にとっては大きいのだ。

だから僕は、何度も甦ってくる記憶にそっとフタをする。

心のなかで、「興味なんてないよ」「きっと夢なんだよ」なんて、ずっといいわけをしながら。



古い古い、記憶の話をしよう。


僕には忘れられない記憶がある。

正確に言えば、忘れられないというよりはふとした瞬間に必ず甦る記憶の話、ということだ。


大事な家族が傷ついたことがあるということ。

その一端すら幼い僕には知らされておらず、どうにも無力であったこと。


それは不時着した飛行船のようにどうにもならないことだ。

無防備で無力な飛行船のように、どうにもならないことだったのだ。

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不時着する記憶 マフユフミ @winterday

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