なにを言っても未来は変わらないんですけどね

宇佐はなこ

第1話

 やぁやぁ君!会いたくはなかったけど会いたかったよ。発見したかった、というのが正しい言い方かもしれないが。

 まぁ君の方は私に直接会うということは望んでなかっただろうけれど。けれどもそれは卑怯だということは君が一番良くわかっているはずだ。だからこそそうやって隠れるようにしていたのだろう?君の体の大きさは隠すという行為に対しては些か不利なようだけど。

 

 ん?待ってくれ?なにを……と言いたい所だがそれは聞かなくてもわかっているから敢えて聞かない。

 けれど気になるね。君は私から時間を拝借して一体なにをしようというんだい?考えられる行動のひとつとして言い訳をする、というものがあるが、はてさて君は一体なにについて言い訳しようとするのか。

 言い訳、弁明、弁解、釈明、申し開き……類語は様々あるけれど恐らく君がしようとしているのは自らの事情を詳らかにし許しを乞おうというものだろうが、結局のところ君が私の下着、しかも所謂パンツと呼ばれるものを私の許しなく手にして己の欲望を満たすべく鼻息荒く顔を覆った、という事実は揺るがないものだ。

 その上で君が私に伝えようとしているのは自らの性癖は如何ともし難い、自ら望んでそうなったものではない、私はこの性癖のせいでこの社会から受け入れられることなく日陰の元生きてきたのだから許してくれ、という言い逃れだろうか?

 だとすれば私は聞く耳は持たないよ。

 おっと勘違いしないでくれ。私は別に他人の性癖を罵る趣味も差別する気持ちもありはしない。

 実をいうと私の友人に職業的S嬢、所謂『女王様』というやつだね。それを生業としている人物がいるんだが、彼女の顧客は様々な人が居てね。ある人物は小学生の時に雄カマキリが交尾が終わった直後に雌カマキリに食べられてしまうという話を聞いてぞくぞくと体が震えたそうだ。ああ、もちろん恐怖でなどない。その崇高なる愛に感動を覚えたらしい。まぁ実はアレは単なるカマキリの補食本能が発達した結果、自分のそばに寄るものはすべからく食料とみなす、という反射行動だそうだが、彼はそれを愛だと認識し、自らも愛する人の血肉となることを望んだ。だが、自らの望みを叶えようとすると自分の愛した人に犯罪を犯させてしまうことになる。それは彼の望むところではなく仕方なく彼は愛する人に合法的に自分自身を食べてもらえる方法が見つかるまで、もしくは犯罪もモノともせず彼の望みを叶えることこそが自らの幸せと考えてくれる愛する人が見つかるまでの代償として擬似的な死を体感するべく死なないギリギリまで自らを痛めつけて欲しいと友人の店に来るそうだ。

 どうだい?素晴らしいだろう!

 

 え、わからない?

 

 そうか、わからないのか。

 そうではないかと思ったが……。

 私が言いたかったのはね。彼は自らの欲望を隠しはせず、けれどその欲望が犯罪行為と結びつくものだときちんと理解し、その為に金銭という対価をもって少しなりとも欲望が満たされないストレスを発散する方法を心得ているという点を素晴らしいと言ったんだ。

 それに引き比べ君はどうだい?

 他人の、もっと言えば自分の好みに合う他人の下着を嗅ぐことが自らの欲望と認識しながらもその欲望が発現した事象に焦点を当てさせて、自らがそれを行って良い訳、しても仕方なかったと思ってもらえる理由をまくしたて自らの行いを弁解しようとしたのだろう?

 愚かだな。

 先の彼のように金銭でもって解決出来る道はあったはずだ。だが君は買うという手段ではなく盗むという行為そのものにも背徳感という欲望を抱いていた。もしくは金銭を惜しむ代わりにいつかこうして発見され逮捕され全てを詳らかにされて世間から後ろ指をさされ前科という代償を支払うという覚悟を持っていたのでは?

 もしそこまで考えずに衝動のまま行ったとすれば君はこそこそと隠れるようなことはしなかったはずだ。むしろ私に見咎められて初めて自分が取った行動に恐れ戦いたはず。

 となれば君は自らを犯罪者だという自覚があったわけだ。

 さぁ!ここまでで何か反論があるのなら聞こうじゃないか。

 

 ああ……なるほど。うんうん、確かにそうだ。

 世間一般的にはその透けるようなラヴェンダー色のレースの下着は女性もののように見えるだろうね。けれどすまない。それは歴とした私の下着だ。

 まぁ君の気が済むのなら警察でも同じように女性のパンツだと思ったのに!あの変態野郎が紛らわしいパンツを履いているのが悪い!騙されたんだ!と声高に叫ぶが良いさ!

 だって君の建造物侵入と窃盗という罪はなにひとつ変わらないんだからね。

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なにを言っても未来は変わらないんですけどね 宇佐はなこ @usadi

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