小悪党ノートと裏切りの少女
小悪党ノートと裏切りの少女 プロローグ
とある洞窟――――
この洞窟は多くのお宝や古代の遺産があると言われる、ダンジョンの一つ。
当然冒険者たちがこぞって探索を行われる対象だ。
だが、この洞窟は人気がない。
理由はモンスターがそこそこ強い割に底が浅く、それに見合うお宝や遺産といった『利益』はないと考えられているからだ。
それでも、このダンジョンに入る冒険者は少なくない。
もしかしたら、隠し通路があるかもしれないと言う噂もあるからだ。
そして、今日もそんな考えを持った冒険者パーティがこのダンジョンに挑戦していた。
「ちょっとシエラ!? 早く前で索敵してよ!!」
「お前斥候だろ!? なんで俺たちの後ろにいるんだよ!!」
「ご、ごめんなさい……」
パーティメンバーの一人、戦士のアルクと神官職のランが大荷物の少女――斥候のシエラに文句を言う。
罠の有無やモンスターの確認を行うために機敏に動く必要がある斥候に大荷物を持たせていることに疑問があるが、シエラは文句を言わずに大荷物を背負いながら慌てて前へ進む。
「………………」
「どうだい、シエラ?」
「………………………………」
「モンスターはいそう? どうなんだい?」
シエラは少し顔を顰める。
先ほどから話しかけてくる大剣を背負った青年――パーティリーダーのロメオの声が煩わしい。
薄暗いダンジョンの中を小さな松明と自身の感覚で、索敵をする必要があるから集中力が必要なのだ。
それなのに、こうも話しかけられると集中できない。
そうなると、やはり文句を言う連中が騒ぎ出す。
「おっそいのよ! さっさと教えてよ!! いつまで経っても進めないじゃん!!」
「ったく……使えねぇなぁ!!」
「………………」
ロメオが必要以上に
耐えてはいるが、ストレスは猛スピードで高まっていく。
それでも、シエラには救いがあった。
「みんな、シエラに集中させてあげよ? 私たちの命もかかっているんだし、慎重になるのもしょうがないじゃん」
「あ、そうだね。ヴァレイの言う通りだね。二人とも、まずは静かに見守ろうよ」
「……っち」
「ふん……」
シエラは視線だけヴァレイに送って礼をいい、ヴァレイはそれにウィンクで返す。
幼馴染で魔法使いでもあるヴァレイだけが、シエラの味方だった。
ヴァレイがいるからこそ、このパーティでやっていける。
「…………結構遠くにいるけど、当分は会わない……と思う」
「よし、ならジャンジャン進むぞ! 遅れた分を取り戻すぜ!!」
「オッケー! 邪魔よシエラ!!」
「ッ!? ……いった…………」
アルクとランが、シエラを邪魔そうに突き飛ばしながら走って前へ行く。
ロメオは軽く片手で「スマン」というポーズをとる。
シエラは知っている。
それは本当にただのポーズであることを。
引っ込み思案のシエラだが、流石にイラつきが連続したために前をいく三人を睨みつける。
そんなシエラの背中をポンっと支えるヴァレイ。
「あの三人はいつもあんなんでしょ? 気にしても仕方がないって!」
「ヴァレイ……」
「私たちも行きましょ? 遅れたらあいつらまたうるさそうじゃん?」
「……そうだね」
シエラとヴァレイも進んで行くと、しばらく先で三人は立ち止まっていた。
シエラたちも到着すると、立ち止まった理由がよくわかった。
「おい、嘘だろ…………だだっ広いけど、道がないじゃん!?」
アルクが呆然と言ったように、そこにはただ広い空間があるだけ。
壁がゴツゴツとしていて岩の突起が危ない。
地面も凸凹と隆起していて躓きそう。
だが、それだけだ。
この先の道がなかった。
「……怪しくない? どこかに隠し通路がありそうじゃん?」
「だがよぉ、当然今までの冒険者も探したはずだろ? それでも通路が開かれていないなんてよ…………」
アルク、ランが萎えている様子だった。
シエラもそう考えていた。
おそらく探され尽くされたであろう隠し通路を、改めて自分たちが探して見つけられるとは思えない。
このパーティの実力を考えれば、特に。
「…………どうする、リーダーさん?」
「愚問ですなヴァレイ。当然……探索しよう! 僕たちは冒険者なんだから!!」
「「えぇ〜!?」」
「………………」
もう帰る気満々だったアルクとランは不満そうな声を出した。
だが、ロメオはその整った顔に満面の笑顔を浮かべて、愉快そうに続ける。
「先人たちが見つけられなかったルートの探索! これこそ冒険じゃん!! 見つけてみようよ!!」
「こんな広い場所、しかも今まで見つけられなかった判りづらい……あるかもわからねぇもんを探すのかよ〜?」
「大丈夫! そもそも、ここのダンジョンは不自然じゃん? 僕たちCランクのパーティがそこそこ苦戦するくらいの敵がいるのに、ここまで浅いダンジョン…………絶対にまだルートはある!!」
「で、でも…………めんどい」
「僕たちならできる!! やってみようよ!!」
「「「…………」」」
キラキラなイケメンスマイルにランは顔を赤くし、アルクは仕方ないな〜というように頭を掻く。
二人は覚悟を決めたようだった。
「いいよね、シエラにヴァレイも?」
「ええ、リーダー命令には従うわ」
「…………うん」
シエラはロメオの言うことも一理あると思いつつも生返事を返す。
それ以上に嫌な予感が膨れ上がっていたからだ。
(行き止まりなのに……『あの先』にモンスターの気配を感じる?)
全員が隠しルートを探している中、シエラは気になった気配の方向へ歩き、壁や地面を調べる。
すると、地面と壁の境目に魔法の紋様――――魔法陣が描かれていた。
(!? ただの壁のキズと思ったけど……魔法陣!? じゃあやっぱり、この先に新たなルートが!?)
見逃されていたルートの発見。
しかし、不気味なモンスターの気配を感じ取ったシエラは開けるべきか否か迷っている。
そんなシエラにヴァレイは気がつく。
「どうしたのシエラ、何か見つけたの?」
「え、あ、えっと………………これ、魔法陣があったの」
「え、うそ!? …………………………ほ、ほんとだ…………お、お〜いみんな!シエラが見つけた!ルートっぽい仕掛け!!」
「ちょ、ヴァレイ!?」
ヴァレイの大声に仲間たちは慌てて集まってくる。
新発見なのだから、このヴァレイの判断は間違っていない。
だが、シエラとしては慎重に考えてから判断したかった。
最悪見なかったことにして帰りたかった。
「さすがだよシエラ!! よしヴァレイ、これ解ける?」
「ちょっと待ってね〜………………うん、余裕! 簡単に解放できるわ!!」
「おっしゃぁ!! ワクワクするぜ〜」
「これ、大発見じゃない!? 私たち、Bランク行っちゃう〜?」
シエラの気持ちとは裏腹に、他のみんなはやる気満々だった。
ここで水を差すことを言うと、絶対に文句や罵声が飛んでくるだろう。
だが、斥候という役職上伝えるべきことは伝えなければならない。
「あ、あの……この先に不気味な気配を感じる。今まで感じたモンスターとはちょっと違う『何か』がいる」
「何よ、『何か』って?」
「それは…………わからない。でも!気配が――――」
「そんなのに怯えて何が冒険者だよ! おいヴァレイ、さっさと解け!」
「うるっさいわね、集中したいから黙れ!!」
「お、おう……」
「なっさけな。このアホ戦士といい、未知にビビる斥候といい…………」
警戒を伝えたのに、ビビりと言われる。
もうシエラは何も言わない、と心に決めた。
そして、ヴァレイが魔法陣を解放し、目の前の壁が裂けて道が開かれた。
「よし! ここからが本当の冒険だな!ワクワクするぜぇ!!」
「それじゃ……斥候さん、よろしく」
「シエラ、頼むね!」
「…………うん」
ビビりビビりと蔑むくせに、結局未知への先頭は私か。
シエラは呆れたが、自分の職務なので文句を言わずに前へ進む。
その時だった。
――――――――ッ!
「――ッ!? み、みんな下がって!! モンスターが――――」
言い終わる前にシエラは何者かに吹き飛ばされた。
近くにいた仲間たちも巻き込んで吹きとび、全員が地面に倒れる。
「いってて…………な、なんだ?」
「何してんのよシエラ…………って、え?」
そこには、見たこともない黒いオーラを発する牛がいた。
黒い牛は、二足歩行しており、屈強な肉体をしている。
その太い腕には、さらに巨大な斧。
一振りすれば、自分たちなんて簡単に真っ二つになりそうだ。
「ま、まさか、ダンジョン特有の凶悪モンスター…………ミノタウロス!?」
「ふざけんなよ、Bランクでも手に余る難敵じゃねぇかよ!?」
「気をつけて!! ただのミノタウロスじゃない!!不気味な気配はコイツだよ!!」
シエラが大声で叫び、起き上がりながら短剣を構える。
大荷物は地面に下ろし、猛スピードで駆けて黒い牛に向かう。
斥候として、モンスターの正体や特徴を掴みたい。
その一心で、恐怖心を心の奥に押し戻して短剣を振るうシエラ。
「……え!?」
シエラは驚く。
黒い牛は何も反応せず、シエラの攻撃を無抵抗で受け止めた。
だが、シエラの短剣は黒い牛には当たらない。
正確には、直撃した瞬間、黒い牛の体が勝手に裂けて短剣を避けたのだった。
シエラは地面に着地したが、予想外な結果に体が追いつかずに勢い余って転がってしまう。
「お、おいどうなってんだ!? 今、体をすり抜けなかったか?」
「そ、そんなはずないじゃん! ほら、みんなも攻撃して!!」
「よ、よし! アルクは僕と共に攻撃! ヴァレイは魔法で援護! ランはいつでも治療できるようにフォローよろしく!」
「「「了解!!」」」
リーダーのロメオが指示を出した瞬間、全員が即座に行動を開始する。
ロメオとアルクの剣戟は、お互いの邪魔にならないような立ち振る舞い。
ヴァレイは威力よりも牽制として、速さ重視の魔法を使って前衛二人のフォローをする。
ランは防御の魔法や傷がついた時には即座に回復をした。
Cランクの冒険者パーティに相応しい見事な連携をとっている。
シエラも短剣で攻撃したり、ちょっとした魔法を使って黒い牛の意識を引こうとする。
だが、その行為を煩わしそうにアルクが叱る。
「シエラ、チョロチョロと邪魔だ! テメェの攻撃は効かねぇんだよ!! 大人しく後衛の盾になってろ!!」
「……ッりょ、了解」
アルクはそういうが、明らかに今のは自分が気を引いていなければ、アルクが牛の攻撃を喰らっていたはず。
そのことに気がついていないのかよ!っと文句を言いたいが、それどころではないので大人しく下がるシエラ。
その後は前衛の二人の奮闘もあって膠着した状態が続く。
だが、それはあまり芳しくなかった。
「くそ! 攻撃が全然当たらねぇ!!」
「奴の動きが遅いことが幸いだね……おかげでダメージを与えられていないけど、こっちもダメージを受けない」
「だがよぉ、このままじゃこっちの体力が無くなっちまう!!」
アルクの言う通り、前衛の二人はもう肩で息をしている。
ヴァレイもランも魔力を相当消耗している。
シエラも前衛に混じって牽制したり、後衛の守りに戻ったりと忙しなく動いていために疲弊している。
敵の緩慢な動きでも、捉えられるのは時間の問題だった。
そして、さらに状況が悪化する事態が起こる。
それをシエラが察知した。
「……ッ!!? う、うそ!?………………新たな敵が二体! こっちに向かってきているよ!!」
「「「「!!?」」」」
シエラの報告に全員が驚愕した。
そして、すぐに二体の新たな敵が現れた。
それは、二体ともミノタウロスのような黒い牛だった。
先ほどまで苦戦したモンスター。
それがさらに二体増えた。
「おいおい、そんなのありかよ…………」
「や、やってらんないよ! こんなの…………死――」
「それ以上いうな! 現実になってしまうよ……」
「こ、ここまで、なの?私たち…………」
「……」
パーティの絶望は想像以上であり、闘争心は折れてしまった。
それでもシエラは思案する。
この苦境を打破する方法を。
(考えるのシエラ! 力がない分、頭を使いなさい! どうすればいい?最善を導き出しなさい!!)
パーティ全員が絶望する中でも、全員が生き残る手段を模索するシエラ。
生きてきて一番脳をフル稼働させる。
全てはパーティのため、何よりも自分のために。
必死で頭を回転させていた。
その時だった。
ドンッ!!
「え――――」
シエラは理解が追いつかなかった。
なぜ、自分は吹き飛んで転んでいるのだろう?
なぜ、黒い牛が三体ともここまで近くにいるのだろう?
なぜ、…………なぜ、仲間たちはダンジョンの入り口目指して、一目散に走っているのだろう?
グォォォォオオオオオッ!!
全てを理解する前に黒い牛が三体とも、シエラに斧を振り下ろしていた。
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