鴉の憑いた宮妓恋占師玉彗琳ー蒼龍国に舞い戻るー

天秤アリエス

鴉の憑いた宮妓恋占師玉彗琳ー蒼龍国に舞い戻るー

過去のいざこざ

第1話 妓楼街の姉御 玉彗琳参上

 ここは蒼龍国――。歴史ある街並みは大国の戦禍にまみれてはいるが、人々の暮らしは安定とされている。蒼龍王族の統括する国らしく、街のあちこちには蒼龍の像が立ち並んでいるのでございます。

 その蒼龍の像の眼には翡翠が埋め込まれているせいで、日中はまるで龍が目を光らせているように見えて、我々の仲間は決してそこで悪さなどしないのですが――。


 街の一画で砂埃が上がった様子だ。

 鴉はお喋りを止めて、羽で顔を覆わねばならなかった。ここは蒼龍国の南東にある「妓楼街」である。女性が多く、煌びやかな着物を引きずって、男性の眼を惹いては、日中でも構わず――という言ってみれば「花街」であった。


「もう一度言ってごらんなさい!」


 どうやらまた、御主人様がもめ事を起こしたようだ。式神の『昂』は砂埃を避け切ると、大きな翼を広げて、地から足を離した。


 偉丈夫の女性がぎらりと槍を手に、男に向かって行く。たてば芍薬歩けば牡丹とは女性の挙動の美しさを告げる言葉だが、差し詰め立てば武官、歩けば爆竹、座る姿は怪しい占い師……という風情の黒髪美女は名を『玉彗琳』という。生まれた時に青い彗星が走ったことから、一字を貰って、ついでに天からの星詠みの力も貰って、ついでに豪快さも貰って、元気も貰って――……。


「なに、これしか持ってないの? あんたたち、何しに来たんですか」


 暴漢らしい男の巾着を手にすると、玉彗琳は「ぽい」と巾着を投げて、通貨紙幣を取り出した。


 腹黒さも貰ったらしい。


***


 通称『蒼の姉御』とは玉彗琳の宮廷時代の通り名だが、今はその華々しい時代はどこへやら。王子とのもめ事が原因で、玉彗琳は宮廷を追い出されたのでございます。


「昴! どこに行ってたんですか」

 藪蛇である。ぎぬろと睨まれて、昴はお喋りを止めた。


「……湿気た金額ですが、路銀が入ったので、ご飯にでもしましょうか」 


 いや、それ。暴漢から奪ったお金ですよね? 玉彗琳様?


 しかし、当の玉彗琳本人はお構いなしに足取りも軽く、「何にしましょう」と久々の豪遊(昼ランチは安いので)に心を遊ばせている。


 かつては、王子の教育武官であり、宮廷きっての占い師も、こうなってはただの破落戸と変わらない。蒼龍国の「妓楼街」は無法地帯の貧民街とも言える場所だった。

 生きていくためには実力行使!

 こうしてご主人様、玉彗琳は生計を立てているのであった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る