お喋りしよう

津嶋朋靖

第1話

「ねえ、ママ。お願い」

「ダメです! そんな事にお金は出せません」


 ママとの交渉は、あっさりと決裂した。


「ごめんね、ミーシャ。ママはダメだって」


 あお向けに寝転んでいる三毛猫のお腹をさすりながら僕は呟く。ミーシャは不意に後ろ足で立ち上がり、前足でペンを掴んで、紙に何かを書き始めた。

 三ヶ月前、ミーシャを拾ってきた時は普通の猫だと思ったけど、そのうち二本足で立ったり、前足で物を掴んだりするようになったんだ。獣医さんに見せたら、ミーシャは三十年前に遺伝子操作で作られた頭の良い猫の子孫なんだって。

 今はそういう事は法律で禁止されてるけど、その時に作られた猫達の子孫は高い値段で取引されているから、ミーシャを他人に見せないように言われたんだ。ミーシャは、人間の言う事は分かるって聞いたので、僕は今ひらがなを教えてるんだよ。

『けんちゃんとおはなししたい。だめなの?』 ミーシャは下手なひらがなでそう書いた。


「へえ! ミーシャひらがな覚えたのね」


 いつの間にか、僕の後にお姉ちゃんが立っている。


「お姉ちゃん。友達に聞いたんだけどさ。手術するとミーシャは、喋れるようになるって」

「それ、あたしも知ってる。普通の猫はダメだけど、ミーシャみたいな知性化猫はナノマシーン手術をすれば、喋れるようになるんでしょ。ママに頼んでみた?」

「ダメだって。そんな事にお金出せないって」

「ケチねえ。大した額でもないのに。あたしの毎月の携帯端末の通信料より、よほど安いわよ」


 それはお姉ちゃんの端末使用料が多すぎるだけだと思うんだけど……


「いいわ。お金はあたしが出してあげる。昨日バイト代が入ったばかりだし……」

「いいの?」

「いいって。あたしもミーシャとお喋りしたいし……」

「わーい!」「ふにゃー!」


 僕とミーシャは、嬉しくてお姉ちゃんに抱き付く。

 翌日、僕はミーシャを手術に連れて行った。

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