魔法使いは色々ある

あまたろう

本編

「二時間目は『屁理屈』です」

 魔法の授業のために森に移動してきているのに、クラスメイトの中にザワつきが広まっていくのがわかった。

 時間割変更自体は全然いいが、一時間目にやった『筋肉』も大概だと思っていたのに、『へりくつ』という単語の胡散臭さは群を抜いているな。

「……先生、何とおっしゃったんですか?」

 クラス委員の佐伯さえきがまたも代表して発言する。自分の耳を疑っているのだろう。

「『屁理屈』です。H・E・R・I・K・U・T・S・U」

 ……いや、ローマ字はどうでもいいわ。

 そうではなく、その科目は一体何をするのかという疑問のみである。


「優れた魔法使いになるためには、屁理屈が必要不可欠なんですよ」

 ……いや、自分で屁理屈って言ってる時点でアカン感満載だな。この人は本当に高名な魔法使いなのか。

「魔法を有効に使うためには、相手を自分の領域に引きずり込むように欺いたり、時には味方であっても理想の陣形に動かすことが必要になるのです」

「先生、それは屁理屈でないとダメなんですか? 正しい説明をすればいいのではないですか?」

 なおも切り込む。そういえば佐伯はウソやらいいわけが嫌いだったな。

 少し前に、クラスメイトと猫のぬいぐるみがあったのなかったのと言い合っていた気がする。あの話は結局どうなったのか。


 ふと佐伯のことを思う。

 小さい時からの腐れ縁だった佐伯に好意を持っていなかったといえばウソになる。

 先日、佐伯がバイト先の本屋で見かけた本好きの会社員に話しかけ、友達になった(まだ付き合うまでは行っていないとのことだが)というのを聞いたときは素直に喜べなかった。

 その後に、首の長い生き物がどうだとか未確認飛行物体がどうだとか、4色だか5色だかの空飛ぶヒーローの話もしていた気もするが、正直その前の会社員の話のほうが衝撃が強かったので深くは聞かなかった。……ってか、今冷静になって考えたら何だよその首の長い生き物だとか未確認飛行物体だとかヒーローだとか。めっちゃ気になるわ。


「ダメです」

「何の話だよ」

 思わず口から出てしまったが、俺の方が混乱していた。

 ……本当に何の話だったか。佐伯の弟がリセットボタンを押さずに電源を切ったもんだから、佐伯の父親が進めていたゲームのセーブデータが全滅した話だったか。違うな。

 必死にいいわけをしてごまかしたつもりだったが、

相馬そうまくんはまだまだ屁理屈が未熟ですね」

 授業に関連してうまい具合にスパイスにされた。


「正しい説明だけでは難しくなったり、長くなってしまう場合があります。時には方便も交えて簡潔に説明する必要があります」

 まあ、どうでもいいことをくどくど説明されても頭には入ってこないので、要点だけ言ってほしい気はする。

「例えば、先ほどの筋肉の話は半分ウソです」

 またも周囲がザワつく。

「魔石は重いと言いましたが、実は優れた魔石はそれ自体が大気と融和するので、重さはほとんどないのです。魔法を放つときも魔石自体が魔法力を増幅して要素を生み出すので、反動もほとんどありません」

 さらっと説明する。

「ただし、安物の魔石ですとそうはいきません。不純物のせいである程度の重さはありますし、反動も魔石の力では抑えられません。ですので半分ウソ、ということになります」

 なるほど。二時間目の伏線ってことか。

「そうですね。それなりに説得力はあったでしょう?」

 悔しいが信じてしまっていた。

「でも少し考えれば、魔法を使うのにそれほどの筋力が必要なのであれば、そもそもその筋力で剣を振るったり殴り倒せばいいじゃないですか」

 ……確かに、戦士より腕っぷしの強い魔法使いがゴロゴロ居られると、それ専門で腕を磨いている人種はたまったものではないな。


「それではこんなのはいかがでしょう? 例えば、戦いでは高い位置と低い位置のどちらが有利だと思いますか?」

 高い位置、の声が多数になる。そりゃあどちらかと言われればそうなるな、と思う。

「そうですね。一般的には高い方が有利とされる意見が多くなると思います。我々も基本的にはそういう前提で動きます」

 ただし、と先生は付け加える。

「これは魔法使いが存在しない場合の理屈です。稀有な存在である魔法使いがいる場合は、この理屈は逆転します」

 先生は指先に小さな炎を作り出す。

「シンプルな例ですと、こういった炎で高い位置の敵の周りを取り囲むことにより、高い位置が圧倒的に不利になります」

 ……確かに、簡単に広範囲にわたって炎を作れるとなると、一概に高い位置が有利とはいえなくなる。魔法使いという存在が広く認知される時代になればこの常識は一変するだろう。

「特に、未確認生物や空を飛べる人種まで確認されつつありますからね。我々も常識を改めなければいけません」


「! 先生、後ろ!」

 授業のために移動してきた森の奥から、グリズリーが現れた。一時間目に現れた個体よりも大きく、さすがにコイツは先生でも殴り倒せなさそうだ。

 慌てる生徒を先生は制し、グリズリーの方に一歩踏み出した先生は、何かを詠唱しはじめた。

 先生の体の周りを黒い影が覆い、その姿はグリズリーよりも大きな体躯をした首の長い何かのように見えた。

 グリズリーはその謎の威圧感に怯え、踵を返して逃げ去ってしまった。

「……立て続けにグリズリーが出現するとは、管理者に言って対応してもらわなければなりませんね」

 身にまとった影を霧散させた先生がつぶやく。

「先生、いまのは何ですか?」

「体を大きく見せて相手を威嚇する魔法です」

 ……そのままだったが、こういうのも相手を制するだけであれば必要か、と思った。

「では、『屁理屈』の授業はここまでにしましょう。三時間目は……」 


(おわり)

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