歩く中


ラムネ瓶を忘れて

教科書ドイツ人斜め読みを諳んじたのさえ母の呼び声イニシエーション汽車の音聞こえないふり走り出してベラドンナ鳴り見せやまないたがった 祖母の生きた歴史もし知っていたならを読みたいのに堕胎したのに 母の言葉とで揺れ動く正しい歴史ここにいる生きた歴史ここにいないに領土をゆらぐ列車の行き先は語る母の越権痛み背負いきれず知らない処へ追いやった

生きた歴史どこにもない処へ向かって列車は向かう 窓の外見送る人あなたの吐き気キャロルの甘さで充満して 不器用な歩き方で詩人の常用品で夕闇を忘れて夜明けを思い出し倒れてしまう抱えきれないボヘミアン歴史の途上ラプソディ

ヨーロッパ白い海の海岸線路パレレルを真似て暗さを喪う純喫茶をすれ違う中、ラジオの音の綻びカセットテープが伝え耳を閉じる 「ヒューペリオン悲しみだけ井戸の奥底リリックだけ埋まらないスタンザ 喪ったアリストテレスの庭園の風景ユートピア誓いソネットを思い出せ」  簒奪者デカダン運命恋焦がれを ラムネ瓶のくぼみをなぞって笛で鳴らすにしては 一方通行のなくてもいい恋慕 どこまで悩めば忘れられるのだろう

カセットテープを通してヒューペリオンラジオの声は白い砂浜を越えて ラムネ瓶は落下する

霧の中、巡る「もしも生きたい」と多くの声にこたえる間にラムネ瓶はのど元を半周して眠りに落ちる


最初いつも生きること忘れることを願うために 口を閉ざす知っているフリのわたしの歴史ただしさに重なる崩壊の音ドイチェラント 傾国の預言マクベス 冠して非現実国レルムスを題材に優しい痺れスコットランドの演劇が見せたのは 斜光イリュミナシオン呟きデリリアム 過去でもなく未来でもなく私のものでしかないのに僕の故郷のどこでもない手記独白玉座の惑いスローンも遠く 地上の地図にはないところドイチェラントより遠く 憧れフューダリズムより遠く 汽車の音厳存する ラムネ瓶は転がって伝える

「アルバニア…」 リリック平行線崩落バレイ  扉は開いたままラジオから声が聞こえる

語り継がれない近すぎる隠し事オカルト機微色シュトラール死者の思考ロマンチズムで幕を上げる シャッター無声映画のよう点滅するモノクロの別れたる海峡ビザンティウム様 カットイン幻視クルセイダーをまえに征服途アレキサンドロスに触れようとする中で 


知らない処アルバニア


あなたの王国だといった 戴冠クレショフ執行ごまかしは効かず忘れ去るにはできない歌うこと秘密の共有


ありふれたヴァンゼー湖が精神の始発点

瓶の底を覗けば思い出してしまう痛みのために

あの時確かにラムネ瓶は割れた気がしたのに

詩を諳んじるといつも手元にラムネ瓶がある


ありふれた誰にも知られない処男が生きようと思ったところから煙草の火をつけて、男は起き上がる 酒のいたずらと

人が言いふらすことを期待したのに 目覚めたのは音の居ない処宇治の駅、今から遠くに忘れものがあって 朝焼けの中で誰もいない場所で僕は移動する

 名付けられた都サンクトペテルブルク名前が忘れられることレニングラードになったその日を繰り返し呟く「知ることしかできない声僕は間違えた


 楽園は僕の記憶に反響をつづけ、渇きに喉を締め付ける離さない繰り返し


 崩落する地下黒い夜明け廃液ミルクがあふれる韃靼のくびきファンタズマ

 死者の悪いところお喋りすぎて死者の良いところ遠くで語るしかないこの立脚点ポイントヴューも スキャンダル戦後取り巻くことタブロイド命を懸けた遊び仁義なき戦いが撮られたことも

賭け事が過ぎた私しかいないと語るこの日ポストモダンせん妄スノビズムで  イストワール続きもの遮光フィクション口を閉ざす知らない人が知っている口を開く 「不特定多数への声あなたは間違えた」 保証する人々による嘘を産み続けることダブルシンク反復作業カットアップ 

知らない言葉知らない言葉」が嫌に聞こえたはずなのに 「鳳凰堂ほうおうどう」とあなたは正しく呟いた辿りつく


汽笛が亡命を促したアルバニア ただ過ぎることのないアルバニア 車窓をあけたアルバニア なんともないアルバニア音楽  異国の憧憬アルバニアの土産品を考えて 車輪吐息にふくらむ肺は回す暇なくアルバニア  もしも歴史の終点

よこぎって われものを手に 宇治の橋 まだ覗かないのは今までの仕返しだ



ラムネ瓶を持っていた 忘れ物をまだ見つけられなくて


「何もない」と言うのは誰かの現代ではないから 


鳳凰堂の輝いた湖の鏡面に遠くアルバニアがあった 


そう言いのけるのが母のしたかったことだから 


まだ遠く、霧の中を歩く 消えることのない汽車の音でも


ラムネ瓶から覗いた 「何かある」


いることすら近しいアルバニアへたどり着く旅路が終わった


ずっと探していたビー玉を鳳凰堂と共に私は見つけた

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