後宮の死神は死を愛でる
松田詩依
0.後宮の死神
この後宮は呪われている。
後宮に取り憑いた死神が人々を死に誘うと噂されているからだ。
その死神が暮らすのは
妃たちが暮らす豪華絢爛な宮の奥の奥。鬱蒼と木々が生い茂る手つかずの林の向こうに、廃墟のような小さな宮がひとつぽつんと佇んでいる。
その相貌はまるで黒水晶のようだ。夜の闇と同化する半球型の建物が見えたのは、そこから青白い光が漏れていたからだ。
まず誰も近づかないであろうその不気味な場所を訪れた一人の青年がいた。
「失礼する」
中に入ると四方の壁が青白い光が揺らめいていた。よく見るとそれは数え切れないほどの蝋燭の炎だった。
硝子の燭台にその蝋燭はひとつひとつ納められている。まるでそれを収集し、鑑賞しているかのような――。
「こんな夜更けに何用だ?」
青年が見入っていると年若い女の声が聞こえてきた。
部屋の奥、闇の中からゆるりと現れた女に青年は息を吞んだ。
黒い女だ。艶のある漆黒の髪は長く、前髪は目のすぐ上で歪みなく真っ直ぐに切りそろえられている。衣服も黒く、爪の先まで真っ黒だ。
全身が黒いせいで僅かに覗く白い肌が目立ち、深紅の宝玉のような瞳がやけに際立っている。
後宮中探してもここまでの美貌を持つ人物はいないだろう。それほど浮世離れした美しい女だった。
「なんの用だと聞いておる。耳が聞こえぬのか」
怪訝そうに目を細められ、青年は己がここに来た理由を思い出した。
「そなたが
「いかにも。私が死妃。名は
死妃――後宮には存在しないはずの妃の位。
後宮に姿を見せることもなく、権力も欲さなければ、王の寵愛にも無関心。
後の歴史に名を残すこともない、存在しないはずの妃。いつからこの
ただひとつ、判ってるのは死妃は人に死を招く
「この死神になんのようだ? 魏游国第十三皇子、
「そなたに頼みがあってやってきた」
すると青年は徐に服の襟に手をかけると上半身を露わにした。
筋肉がほどよくついた引き締まった体には明らかに異質なことがあった
「ほぉ――」
それを見て死妃の口角がにやりと上がる。
彼の上半身はぐるりと蛇と植物の葉が這うような青い刺青が広がっていた。
忌々しそうに男はそれを見みやると、死妃に視線を戻す。
「――俺を、殺してほしい」
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