異世界神の言い分

白夏緑自

異世界神の言い分

 まずは、君たちのような異なる世界の者同士が結託し、私の元まで辿り着いたことを讃えよう。  これまで、私に謁見しようとしたり、同等の存在になろうとした者は大勢いたけれど、物理的にここまで近づけたのは君たちが初めてだ。おめでとう。


 え、自分の立場をわかっているのかって?


 嫌だなあ、わかっているとも。私は神だよ?

 この世界の天地を創造し、歴史の舞台を整えた存在さ。いわば、プロデューサーみたいなものだね。


 聞き慣れないって顔をしているね。だったら、そこの異世界人の彼に訊いてみなよ。ほら、そこの君だよ君。仲間が女性ばかりになるのは巡り合わせだとしても、その誰もに煮え切らない態度を取り続けているのには感心しないなあ。


 おい、顔を赤くするなよ。ここは青ざめるところだ。なんたって、君が今まで見ないフリをしてきたことが、白日の下に曝されたのだから。


 なんだって? この関係を壊したくなかった?


 そりゃそうだ。好意を向けられている時ほど優越感を満たせるからね。おっと、否定しなくていいよ。そんなこと、今はさしたる問題じゃない。

 君たちの目的はこの私、神様を倒すことだろう?


 今、世界中で起きている異形の怪物の大量発生。地を割り、海は暴れ、天が1時間たりとも留まらぬ異常事態を解決するため、神様を説得ないし倒しにここまで来た。

 良い質問だ、シスター。神は世界を導いてくれるのではないか、か。

 導いてきたとも。さっきも言った通り、私はプロデューサーだ。そして、原作者でもある。


 面白い、と思ったものの実現のために尽力してきた。

 世界を作り、人を作り、言葉を作ってきた。たまに、神として奇蹟を降らせ、方向性を与えてきた。


 しかし、ここ数百年は飽きが回って来てね。どうも、人類史──エルフとかいるけど面倒だから纏めてしまうね──が頭打ちなんだ。

 魔法やスキルという身体能力が良くなかったのかもしれない。君たち人類は個人の能力に頼り切ってしまって、社会全体の質を上げる意欲に乏しい。人類史が始まって3000年で、ようやく夜中の道を照らす行燈を設置し出す体たらく。魔力多量保持者への優生思想が原因だろうね。魔力があれば、物体発光の魔法など容易い。


 異世界人、君たちにも責任はある。

 うん、君1人にその責任を負わすつもりはない。むしろ、よくやった方だと前もって褒めておくよ。

 だがね、異世界人。君たちをこの世界へ定期的に、前世の記憶を引き継いだ状態で転生させていたのは慈善事業じゃない。


 この世界は、うだつが上がらなかった前世のリベンジ場でもない。

 期待していたんだ。この成長せぬ世界の起爆剤となり、ステージを引き上げて欲しいと。


 例えば、その方法として異世界の、とりわけ治安も落ち着いた日本の常識を持ち込んで欲しかった。

 郷に入っては郷に従え。だからと言って、不便な生活に順応しすぎるな。君、この世界に来てぼっとんトイレに抵抗を感じていたはずだ。水洗トイレが恋しくならなかったか?


 水洗トイレの常識を広めるだけで衛生状況がかなり改善されるはずだ。そうすれば、幼児の感染症発症確立がかなり抑えられる。仮に、王都のスラム以外のトイレを水洗にした場合、私の試算では年間10万人の発症を未然に防げ、さらに1万人の死亡者を減らすことが出来たのに。


 それを君たちは生きるのに不便だろうと、最低限のスキルを与えてあげればやれ、不遇だの。クソ雑魚だの。挙句の果てに、パーティーメンバーから不要だと言われて、クビになりました。だけど、やっぱり強いスキルだとわかったのでブイブイ言わせます。いまさら言い寄ってきても唾吐きます、だと。


 自分のコミュニケーション能力と応用力の無さを棚に上げてばかり。君に与えた「意思疎通」と「鼓舞」のスキルだって、使い方次第ではかなり強力なはずだ。なんといったって、とりわけ「意思疎通」はこの世界に存在していない遠距離間での交信を叶えてくれる能力なんだから。


 何か言いたげだね? 聞くとも、君の言い分を。


 うん、とは言っても水洗トイレの作り方も下水道の整備方法もわからない、と。


 うんうん、そうだね。君に技師の能力が無いことは知っているとも。


 だが、君の持っているスキルは「意思疎通」と「鼓舞」。「意思疎通」を使用し、適当に街中で水洗トイレの良さを頭の中で提唱しなよ。少しでも、君の願望に耳を傾ける者が現れたら「鼓舞」だ。例え、君にその能力が無くとも、そこらのパン屋は意外にも水洗トイレの要、タンクの機構を発明するかもしれない。


 君が無意識のうちに「意思疎通」と同時にスキル「鼓舞」を使用していたおかげで、木っ端程度だった、彼女たちの君への好感度がめきめきと膨れ上がったみたいだが。「鼓舞」ってのは、女の子といい感じになるための能力じゃない。仲間のモチベーションを上げるための能力だ。


 良いか、君。君も一度、パーティーをクビになってその時はスキルのせいにしていたけどな。私から言わせてみれば、君ほどの間抜けはいない。己の役目を見出して、居場所を作れなかった、哀れな転生者に過ぎない。

 そういう訳で。異世界から人を引っ張ってくることも無駄だとわかったので、この世界はリセットだ。もう、詰みだからね。

 ありがとう、この世界。そこそこ楽しませてもらった。

 お世話になったね、異世界人。次なる世界では、君が真の救世主にならんことを。もう少し賢い立ち回りを期待しているよ。

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