いいわけ?

虫十無

1

「ねえ、そんなことしてていいわけ?」

 そう言ってくれた彼女はもういない。だからなのかそれでもなのか、僕はこの仕事を続けている。


 どうして彼女のことを思い出すのだろう。もう遠い記憶の中では彼女以外にも同じようなことを言った人がいた。そういう人のことは名前どころか顔すらぼんやりとしか思い出せない。

 それなのに彼女のことはそのときにどんな表情で、どんな言い方でそれを言っていたのかまでしっかりと覚えている。

 そんなこと言う人は邪魔になるから消しておけ、が先輩の教えだった。彼女以前の人はそうした、はずだ。記憶が遠いからよくわからない。けれど彼女は、彼女のことは何かが僕に刺さったのだろう、そのまま隠していた。でも僕は隠すのがうまくなかったみたいだからいつの間にか彼女はいなくなった。彼女の言葉だけが残っているのはそのせいかもしれない。

 僕はいつからこの仕事をしているのだろう。多分今よりも小さいときから。身体が小さいから小さい刃物を与えられて、身体が大きくなったからそれに合わせて使う刃物も二回くらいは変えたはずだ。この刃物にしてからどれくらいの期間が経っただろう。季節は何度か巡ったけれどそれが何回かは覚えていない。覚えていないことばっかりだ。

 そんなことしてていいわけ、いいわけがないとは思っている。これが犯罪だってことは知っている。けれど僕にできることはこれしかないから、これをするしかないから。だから僕はこのまま生きる。


「ねえ、そんなことしてていいわけ?」

 目の前に、彼女がいた。あのときとそっくりな見た目、けれど多分服は違う。だから僕の記憶ではない。僕の頭が作り出したものだという可能性が消えたわけではないけれど、多分これは現実だと思った。

「わたしはさ、そんなことって言ったよね」

 この仕事は、僕のできる唯一のことだから。だって僕はいろんなことができなくて、それできっと。

「わたしがいつその仕事をそんなことって呼んだよ」

 わからない。彼女の言っていることがわからない。だって僕は頭が悪いから。

「わたしが言ってるのはさ、そんな言い訳ばっかしてていいの、ってことなんだけど」

 言い訳なんて、と思ったけれどそれも言い訳なのかもしれない。

「あんたが何もできないのはどうして? あんたが頭悪いのはどうして? あんたが色々覚えてないのはどうして? 全部あんた自身が定義したからでしょ?」

 そんなことはない、言いかけて気づく。どうして僕はそんなことはないなんて断言しようとしたのだろう。僕に断言できることなんて、あるはずないのに。

「あんたはどうしてそう言い訳ばっかしてるの? あんたせっかく自分を定義できるだけの認識と思い込むための頭があるのにさ」

 そうなのだろうか、とは思うけれど信じきれない。僕は僕を定義しているのか? それも自分の力で? 知らないことだ。

「わたしが連れてきたけどさ、やっぱもったいないって。どうせあんたの頭があれば五体満足のまま抜けるのも簡単でしょ」

 僕は何と答えればいいのかわからない。けれど頭の一部、靄のかかったあたりに答えがある気がする。今までそんなところがあるなんて意識したことはなかった。じゃあこの靄も取り除けるのだろうか。その中身は僕の頭が作り上げたもので今度はそれを信じることにならないだろうか。

 ふと気づいた。僕が彼女を覚えていたのはそんなことが指すものを僕の頭は認識していたからかもしれない。

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