ホコリさん


 光射す部屋の片隅、半透明な翳りのなかで、わたしはホコリとお友だち。ホコリさん、こんにちは。ぽつり呼びかけると名前が生まれた。ホコリさんの目が開く、口が開く。そうしてお答えになった。おじょうさん、こんにちは。はじめてできたお友だち。はじめて生まれた生命。ホコリさんは嬉しそう。わたしも嬉しい。ほんとよ、ほかの生き物に友だちはいないし。ま、ホコリが生き物かどうかは知らないけどね。

 どうぞ末永くよろしくね。ホコリさんと指きりげんまんをする。わたしはいずれ針を呑む自分のみらいを、眼球じゃないちがう目で見つめている。つめたい針先を喉の粘膜に感じながら、ゆびを切った。


 ホコリさん、こんにちは。学校がはじまった。オレンジの光が射す部屋の片隅、半透明な翳りのなか、やっぱりわたしたちはお友だち。


 友だちはできた?

 どうだろう。

 いたほうがたのしいよ。

 そうかな。

 違うの?

 うん。なんだかとってもむなしいの。

 

 だからわたしね、あなたをつくったの。ホコリさん、こんにちは。


 夜が満ちてく。黒く塗りつぶされる部屋の片隅、ホコリさんはお眠りになられる。おやすみ、ホコリさん。


 朝がきた。家はいちめん薄暗い。日陰で置き去りにされた真珠、部屋の片隅、ホコリさん、おはよう。観葉植物の葉にホコリが積もる。あれはお友だち? いいえ。おなじ生き物だからといって、お友だちとは限らないわ。ま、ホコリが生き物かどうかは知らないけどね。みどりの葉の上のホコリは、ふわふわ、きらきら、ざらざら。


 おそうじしようか。宿題しようか。洗濯しようか。ねてしまおうか。だれか誘って、遊びにいこうか。絆創膏貼ろうか。パンたべようか。ホコリさん、どうしようかな。きみはどこからやってきたのだろう、ホコリさん。


 すこし前の話をしよう、お友だちをつくったの。名前はホコリさん。半透明の翳りのなか。わたしホコリさんが好きなの。たぶん、学校のお友だちよりも。

 だってホコリさんは、こわいことも平気で言うから。お友だちはだれも悲しいことを言わないわ。口当たりのいい言葉だけをいつも使うわ。


 ホコリさん、言葉がうまれたわ。死ねってなに?

 目の前から消えてほしいと願うことよ。

 ホコリさん、また言葉がうまれたわ。嫌いってなに?

 自分とはちがうと思いこむことよ。

 ホコリさん、知らない言葉を探しているの。愛とはなに?


 お友だちができたのね、針を呑めとホコリさんが言う。いいえ、わたしのお友だちはあなただけよ、でもホコリさんはご立腹。じゃあお友だちに針を呑んでもらおうか。そうしましょう、とホコリさん。

 膝に針を刺している。でもね、わたしのお友だちはあなただけよ、ホコリさん。ホコリさんは大きくなっていく。翳りを自身にやどし心臓を得た。わたしはやっぱり膝を刺している。あなたを傷つけたら、針を呑むわ、いつだって、そう思ってる。そういう脅しで、ホコリさんはわたしを追い詰めていた、いつだって。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る