ぼくらは悪魔


 ぼくは自室の机に向かっていた。ノートを広げ、手にペンを持っている。ときおり白いページに何かを書き込む。勉強しているのではない。日記を書いているのだ。


11月1日


 朝、母さんはキゲンが悪かった。父さんはいつも通りだった。朝ごはんもいつも通りだった。弟もいつも通り眠そうだった。金魚にエサをあげた。


 母さんと父さんの次に家を出て、駄菓子屋の前で悠人と会ったから一緒に登校した。行きしな、悠人はクラスメイト全員分のあだ名をつけていた。本人が聞いたら泣くようなひどいあだ名ばかりだった。ぼくは始終笑っていたが、こいつぼくのあだ名も勝手につけているんだろうなと思ったらムカムカしてきたのでスネに蹴りをいれておいた。


 学校はいつも通りだった。放課後は拓也と真矢とあと他校のやつらとサッカーをした。


 家に帰ってきて、ご飯食べてお風呂入って宿題したら、部屋に悪魔がいた。おしまい。




 ふう、やれやれ。ぼくは日記帳を閉じて引き出しに仕舞った。


「ふう、やれやれ」


 なぜか同じセリフが背後から聞こえた。ぼくはくるりと振り返る。男の子がいた。悪魔らしい。今夜からぼくのそばにいるのだとか。


「きみなまえは?」

「ないよ! 悪魔だから」

「悪魔だって天使だって名前があるはずだよ」

「それがないんだよねえ」


 少年はにこにこ笑っていた。


「悪魔ってたいしたことないね。すくなくともぼくには何にも影響がないことがわかった」

「これから分かるんだよ! きみは鈍感だから時間がかかるかもしれない」


 ぼくは、こいつのほうがよほど鈍感にみえると思った。スマホで時間を確認すると、22時だった。悪魔はぼくの部屋をうろうろしている。退屈なんだろうな。そりゃそうだ。堕とし甲斐のないやつのそばにいるんだから、さぞかし張り合いも悪いだろう。


「もっと真面目なひとのところへ行けば」

 観葉植物の葉っぱを撫でながら悪魔が振り返る。

「ぼくはきみで十分だよ。いや、きみがぼくで十分なのか……そういえばだよ。きみの友達の悠人くん。あの子さ、きみの新しいあだ名をクラスメイトに披露してたよ。きく?」

「あー悠人?」

 やっぱりぼくをコケにしていたのか。あのときスネを蹴ったのは正解だった。

「きく。」

「えっとなんだっけな。じゃがいも。そうそう、じゃがいもって言ってた。収穫したての土まみれのじゃがいも。毎日サッカーして汗と泥にまみれてて日に焼けてるからしいよ」

「ピーマンが生意気いいやがる……って、新しいあだ名ってことは、じゃがいも以外にもあるの?」

「もちろん。いっぱいあるよ。きみのあだ名は毎日つけられてる」

「えっ……」

「みんな影できみのこと笑ってるんだよ」


 あだ名をつけられた仕返しに、悠人のあだ名を考えてやろうと思った矢先、ぼくは絶句した。みんな仲良しだと思っていたのに。腹の中からむかむかとした気持ちが湧き起こる。これは仕返しするほかないだろう。


「ねえきみって悪魔なんだろ? じゃあ、一緒に悠人のあだ名考えてよ」

「でもきみを笑ってたやつは他にもいっぱいいるんだぜ」

「じゃあクラス全員分のあだ名」

「わかった」


 こうしてぼくは、夜な夜な悪魔とクラスメイトのあだ名を考えた。それらをすべてノートに書いた。




11月2日


また駄菓子屋の前で悠人と会ったけど無視した。悠人はびっくりしていた。

 クラスメイトひとりひとりに、悪魔と考えたあだ名を面と向かって言ってやった。泣く子もいた。教室は阿鼻叫喚の騒ぎだった。

 放課後、先生に呼び出される前に家に帰った。ぼくはたいへんすっきりした。



「悪魔くんありがとう! ぼくすっきりしたよ」

「良かったあ。きみの役に立てて嬉しいよ。はい、飴どうぞ」

「いらない」

「えっ?」


 ぼくは、ぱちんぱちんと部屋の全部のあかりを消した。


「きみってほんとに悪魔なの?」


 カーテンを閉めた。


「そうだよ。悪いこといっぱい教えたでしょ。きみは素質があるから特別だ。友人の証として、はい、これ。」

「いらない。きみの飴なんて不味いに決まってる。」目が慣れてきて、ぼくは笑いながらその手を払いのけた。「だれもきみの飴玉は欲しがらない。だってまずいから。形も悪いし、色もきたない。」

「じゃ、じゃあチョコレート……」

 悪魔は動揺しはじめた。

「いらない。苦いばっかりか、もしくは甘いばっかりでおいしくないよ。食べる前からわかるんだ。きみが持ってるものはぜんぶ不出来なもの。それにきみは悪魔としても不出来だよ。素質ってやつがないよ。ねえほかでも言われて来たでしょ?」


 悪魔はしょんぼりした顔で無言のまま出て行った。ぼくはすこしだけ自責の念にかられたけれど、まあ仕方のないことだ。そもそも、先に人を貶めようとする奴のほうが悪いんだから。ぼくはクラスメイト全員に、「うまくいったよ! ありがとう」とメッセージしておいた。みんな「よかったね!」と喜んでくれた。「悪魔ざまあみろ!」と返事をくれる子もいた。みんなが悪魔の傷ついた顔を見たがった。ぼくは写真を撮り損ねたことを後悔した。「悪魔くたばれ!」ぼくたちのグループラインは悪魔への誹謗中傷と悪魔を撃退した喜びでしばらくのあいだ盛り上がっていた。


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