天使のわたしは禁断の恋をする

はなさき

第1話 天国と地獄は大して変わらない

天国とはどんなところだろう?

幸せな場所?

苦しみがない?

理想的な世界?

ううん、どれも違う。

それはただの人間の言っている理想に過ぎない。

 だって人間は死んだ後も苦しむことになるから。

ーーそう天使によって。




「カナユメせんぱーい」

「どうしたんですか?」

 わたしの後輩天使のハルユメさんが疲弊した声で話しかけてきたのでわたしは優しく理由を尋ねます。


「どうかしましたかじゃないですよ。もう嫌なんですよ、この仕事」

「……どうしてですか?」

「だって、なんで天使であるあたし達が天国に来た人間が眠ったら夢の世界に入ってその世界を奪わないといけないんですか。こんなコソ泥みたいなことはもうしたくないんです」

「またそのことですか。いいですかハルユメさん。前にも言いましたけどこのお仕事は大天使様から命じられた大切なお仕事です。なぜ人間から夢の世界を奪わないといけないかなんて考えてはいけません」

 わたしはいつもと同じことを言います。

「そんなことはわかっていますよ。けどやっぱりせっかく生前いいことをして死後この天国に来れたのになんでここで地獄を見なければいけないんですか」

 ハルユメさんが辛そうな苦しそうな顔でそう言います。


 正直なことを言うとわたしも思ったことはあります。

 なぜ善行を積んだ人間が死後天国に来て天使によって夢の世界を奪われて最後は獣になり天使に殺されなければいけないのか。

 それに天使に殺された人間は魂ごと消され生まれ変わることができません。

 すごく残酷なことだと思います。

 だけどこれも運命だと思い受け入れてもらうことしか、わたし達天使にはできないのです。


「ハルユメさん。ここは天国です。地獄ではありませんよ」

「わかっています。けどやってることが酷いですよ」

 ハルユメさんが下を向いてしょんぼりしながら言います。


「ハルユメさんは優しいですね」

「そんなの当たり前じゃないですか。人間には優しくするのが天使の役割ですから」

 いつもこうやって頭を撫でて褒めるとハルユメさんは喜んで元気になってくれます。



 こういう元気なハルユメさんを見ていると昔のわたしを思い出しますね。



 最初はわたしもハルユメさんみたく思ってわたしの先輩天使に愚痴を聞いてもらっていました。

 なぜ夢の世界を奪うのか、その奪った世界で大天使様は何をするのかなど色々なことを言いました。

 いや、これだと質問ですね。


 そして先輩天使から帰ってきた質問の答えは余りにも非現実的なものでした。

『大天使様がなぜ夢の世界を天使のあたしたちに奪えと命令してくるのかは正直わからない。だけど一つだけ言えることがある。それを探ることはやめろ。あたしはそれを探ろうとして大天使様に消された天使を何人も見てきた』

 先輩の声は悔しがってるように思えた。


 だけどこの時のわたしは先輩が新米天使のわたしを怖がらせようとしているだけだと思っていたから日が経つにつれて忘れていった。


 それから月日が経ち五十年後にわたしは先輩が言っていたことが冗談でもなんでもないことを理解した。


 その日もいつものようにわたしは人間から夢の世界を奪っていた。

 その人間からはもう半分以上の夢を奪っていたのであともう少しで全て奪えるところだった。


 そこに先輩が現れたのは。

 頭からは血が流れ、着ていた白い服はボロボロになって血で赤に染まっていた。

「やっと……見つけた」

「え、先輩大丈夫ですか」

 慌てて先輩の元に駆け寄った。

 そして先輩はわたしに倒れるように体を預ける。


 そして先輩は三十秒ほどその状態でいると突然わたしから少し体を離して意を決して何かを言い始める。

「カナユメ、いいかよく聞け、この世界は――」

 先輩はわたしの肩に手を置き何かを言いかけた瞬間突然背後から先輩のお腹に何かが飛んできて突き刺さった。


「くはっ……」

 見ると槍がお腹に刺さっていた。

「せ、先輩……先輩っ、しっかりしてください」


 お腹から血を流して地面に倒れた先輩に必死に呼びかける。けど返事はない。

きっと即死だ。

先輩は何者かに殺された。


 もう死んでいる、そんなことを頭ではわかっていたけどわたしは先輩の頭の上で両膝をついて必死に呼びかける。

「先輩っ先輩っ先輩っ――」

 何度も呼びかけていると突然どこからか声が聞こえてきた。


「いやー、危なかった。もう少し遅かったら俺が――――に殺されるところだったから本当にやばかったなぁ」


 耳を澄ますと槍が飛んできた方向から笑い声が聞こえてくる。

 その声にわたしは聞き覚えがある気がした。


 そして笑い声はこっちにゆっくりと近づいてくる。

 そして声の主とわたしの距離が五メートルくらいになった先に大きな白い羽を広げた一人の天使が見えた。


 わたしはその羽と声で思い出した。

 大天使のアキル様だった。


 そして歩いてきていたアキル様が先輩の隣にいたわたしの存在に気づいて笑うのをやめた。


「ん? おいそこの天使お前コイツから何か聞いたか」

 そう低い声で言ってアキル様は動かなくなった先輩の体に足を置いて刺さっていた槍を引き抜く。


 わたしは怯えて何も言えないでいた。

「…………」

「おい、聞いたのか聞いてないのかどっちなんだよ」

 引き抜いた槍の先をわたしに向けて睨みつけてくる。


「な、なにも聞いていません」

 そう答えるだけで精一杯だった。


「本当だろうな」

 アキル様が近づいてきてわたしの目を覗き込んでくる。


「その目の怯え方を見るに本当らしいな」

 そしてアキル様はまあいいやと言って

「お前、ここであったことは絶対に誰にも言うなよ。もし言ったらお前とその話を聞いたやつを殺さなければいけなくなるからな。俺の仕事を増やすな」

 そう言ってアキル様はわたしから顔を離した。


 そしてわたしは緊張解けてからか地面にお尻をつけてホッと安堵した。


 すると同じタイミングで突然近くの建物からザッと靴が地面に擦れる音が聞こえてきた。


「あぁ? もしかして人間に見られたか。たく俺の仕事を増やすなよクソがっ!」

 そう言いながらアキル様は地面を蹴る。


「あ、そうだ。お前そこに隠れてる人間を殺してこい。天使は姿を見られたら見た人間を殺さなきゃいけない掟があったよな」


 そう天国には絶対守らないといけない掟がある。

・恋をしてはいけない。

・天使は人間に姿を見られてはいけない。

・天国を疑ってはいけない。

などがある。


 どうしてこんな掟があるのかはわからないが守らないと天国から追放されると天使の間で噂になっている。


「は、はい。あります。けど本当に人間かはわかりません」

 わたしはビクビクと怯えながらアキル様に言う。


「あぁん、だとしても確認なんてめんどくせえから天使だとしても殺しとけ」

 そう言いながらアキル様は先輩を肩に乗せて夢の世界から出て行こうとする。


「あ、あのアキル様、先輩をどうするんですか」

「お前には関係ねえだろ。探ろうとするな。そして俺の仕事を増やすな」

 そう言ってアキル様は夢の世界から出ていく。


 アキル様が出て行ったので建物に隠れてる人間を殺さなくてもいいと思うけど天使は大天使様の命令には逆らえないので殺さないといけない。


 そしてわたしは建物に隠れてる人間を殺すために頭の中で刀を想像してそれを具現化する。

 とても簡素な刀が出てきた。

 なぜ想像した物が具現化して出せるのか理屈はよくわからない。

 ただ夢の世界だからと聞いたことがある。


「ほ、本当に殺さないといけないの」

 できれば近くに誰も居ないでと願いながら一歩ずつゆっくり進む。


 そして建物の中に入ると普通の家でリビングがあったり寝室があったりと本当に普通の家って感じだった。


 わたしは一部屋一部屋確認して残るは風呂場だけになった。

「よかった。誰もいない」

 風呂場も確認して誰もいないことを確認して外に出て家の周りを一周した。


 すると家の裏側で丸くなりながら怯えている一人の男性とばったり会ってしまった。

 最悪だ。なぜ家の周りも見てしまったんだろうと思った。


 掟のせいでもう必ず殺さなければいけなくなってしまった。

 理不尽すぎる。探したのはわたしだ。そして見つけた。見られたからには殺さなければいけないなんて。


 きっとこの男性もこれを理不尽だと思っているだろう。

 でも男性には大人しくこの理不尽を受け入れてもらうしかわたしにはできない。


 そしてわたしは涙を流しながら黙って刀の刃を男性に向けて構える。


 するとずっと怯えて黙っていた男性が喋る。

「ひっ……お、お前天使なんだろ。なんで天使が人間を殺そうとするんだよ。お願いだよ助けてくれよ」

 怯え泣きながら言う男性にわたしはなにも言わない。


 ただそこには泣いてるわたしと男性しかいない。

 そして構えた刀を男性目掛けて振り下ろす。

 振り下ろした刀が上から下へとスパッと入って魂を刈り取る。


 そしてわたしは男性の血しぶきを浴びながら最後の断末魔を聞いた。



「この悪魔がぁああああーー」



 そしてわたしはその断末魔を聞いたのを最後に全身から力が抜けてその場に崩れ落ちて気を失った。


 気づくと天界の二層、わたしの住む家にいた。


 着ている服は血なんて一滴すらついていないラフなパジャマを着ていた。


 そして疲れてベッドの上に横たわり男性の最後の断末魔を思い出す。

「悪魔……か」

 そうかもと思った。


 わたしは天使だけど人間からしたら確かに悪魔だ。


 だって人間は夢の世界を奪われて最後には天使に殺される。


 こんなことをしてるのが悪魔じゃないならなんて言うんだろう。

 わたしにはわからない。


 そしてこのとき決意した。

感情を殺して生きて行こうと。



 わたしは悪魔だーー

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