第二話 安倍晴明と藤原冬真
誰が言い始めたのか――、川の向こうでは
日が沈めばそこから人に
そんな
晴明は、貴族たちから依頼されていた
が――。
『晴明、遊ぼうぜ』
『
「うるさい」
その雑鬼といたのは竈の蓋で、文字通りの竈の蓋だ。ただそれに足が生え、目まである。いわゆる
『顔、怖いぞ……?』
「お前たちに付き合うつもりはないと言った筈だ。
『今日はあの怖いモノはいないのか?』
雑鬼がいう〝怖いモノ〟とは、晴明が
「会いたいのなら呼んでやるぞ」
晴明がそう言うと、雑鬼が再びビクッと飛び上がった。
『冗談じゃない! 俺ら消滅させられる。なぁ? 竈の蓋』
話を振られた竈の蓋も、ブンブンと頷く。
雑鬼は妖には違いないが害となる存在ではない。
邸の中を駆け回ったり、たまに住人にいたずらをするが、それも袖を引っ張ってみたり、物を落としたりとするだけで、人の住む家ならば、貴族の邸だろうと
王都は異界のモノの侵入を防ぐため結界が張り巡らされているが、何気ない場所で突然異界の門が開くことがある。
そこからいろいろな妖が這い出ては、夜中に列をなして出歩く。いわゆる、
くわえて、人間は人間で憎しみのあまり鬼と化す。
晴明は依頼された分をようやく作り終えて、腕を組んだ。
『晴明さま――』
晴明の
実は晴明は十二天将のうち、
晴明が十二天将を使役しようと思ったのは、もう二年ぐらい前のことだ。陰陽師になろうという前は、十二天将の名など当然知らない。
今も人と関わるのはあまり得意ではないが子供の頃はそんな人間たちを自分から避けていた。半妖と言われ、気味悪がられ、邸に籠もるようになった。
そんな晴明を父は責めることもなく、また
もし父にまで
陰陽師見習いとなり、初めて見せてもらったのは
陰陽師として独り立ちした晴明はもっと強い力を求め、十二天将を
「欠片の所在、わかったのか?」
「それはわかんなかったんだけどさぁ……」
そう答えたのは少年の成りをした玄武で、土色の髪を掻き上げている。
「なんだ?」
「
深泥池は、王都北部にある池で、底なし沼だといわれている。北の守護神でもある玄武は、いち早く異変に気づいたらしい。
「何かとは?」
晴明の問いに、玄武が何か棲んでいるようだがそれ以上は
「深泥池に行かれるのですか?」
赤い髪をした天将・朱雀が問うてくる。
「いや、まずは殺生石を探すのが先決だ。関白どのに嫌みを言われるのはご免だからな」
三人の天将が
隠れた雑鬼は天井の
父がこの邸を離れて十二年――、人間は晴明一人である。身の回りの世話は他の式神にさせているため不便はないが、一人暮らしにしてはこの邸は広すぎた。
安部家は地下の身分だったが、邸は他の貴族と同様の寝殿造り。さすがに池は、
そんな晴明の耳朶に触れてきたのは、
「
晴明の声に応えて、蝶が少女の姿に変化する。
「私は忙しい。帰ってもらえ」
晴明はそう命じ、部屋に戻った。
★★★
「どうした?
「――安倍晴明の邸をこれから訪ねようかと」
「そなた、この間は陰陽師などクソ野郎とか、云っていなかったか?」
「……関わる
嫌な記憶を思い出した冬真は、
冬真の父もそうだが、貴族はその日の吉凶を陰陽師に聞くか、
その陰陽師に冬真は、大内裏内にて唐突にこう言われた。
冬真は占いなど信じないほうで、何故かその日は
父・有朋は「素直に陰陽師の云うことを聞けばいいものを……」というが、邸に一日籠もるなど性に合わない。まさか、こちらから接触する羽目になろうとは。
「何か、占うてもらうのか?」
冬真は「否」と答えて立ち上がった。
冬真が安倍清明邸を訪ねるのは、陰陽寮に賊が入った件について、尋ねるためだ。
馬を繰り出し一条へ――。
門扉を叩くと、中から異国風の衣に包んだ少女が出て来た。
冬真が聞いた話では、安倍晴明は一人で暮らしているという。
冬真はこれまで、妖を見たことはない。目の前の少女は確かに変わった出でたちではあるが、冬真が想像したものより可愛らしい姿をしている。
安倍晴明邸には妖が棲む――そう聞いていた冬真は、胡乱に眉を寄せた。
人なのか妖なのか――すると、少女の方が先に口を開いた。
「――どちらさまでございましょうか?」
「俺……いや、私は
「
「それは困る。こちらは遊びで来たわけではないのだ」
「お帰りを」
取り付く島もない応対に、冬真の怒気が上がった。
「話くらい聞いてもいいだろう!」
声を上げた途端、少女の姿は蝶になった。そしてヒラヒラと邸に向かって飛んでいく。
邸の
「私は忙しいと言った筈だが――?」
「お前は――あのときの陰陽師……っ!」
そこにいたのは、冬真に受難の相があるといった陰陽師がいた。
だが当の陰陽師――安倍晴明は、
「あのときの……?」
どうやら、覚えていないらしい。
「お前っ、俺に受難の相があると言っただろう!?」
「あぁ……、あれか。で、左近衛中将どのが、かような
彼の言葉は
一発、
むくむくと持ち上がる怒気に、握る
地下は
冬真は
「陰陽寮に賊が入ったそうだが――?」
「……そのことか。ならば近衛からわざわざ来られなくとも、陰陽寮のことは我々にお任せ頂きたい。第一――、邪魔だ」
この安倍晴明という男――、人の
またも二の句が継げない冬真に、晴明は背中を向けてしまっている。
やはり、殴る! そう思うもここで拗れると関白・藤原頼房になにを言われるかわかったものではない。
「そ、そうはいかん! 大内裏で起きたことは近衛府の責任である。こうなれば、とことんつきまとってやるぞ! 安倍晴明」
振り向いた晴明の顔は渋面だ。
冬真の言葉は、半ば嫌がらせである。邪魔といわれて、はいそうですかという気になれない。
するとさっきの蝶がヒラヒラとやって来た。
「
「身の回りのことををさせている式だ。妖ではない」
しげしげと蝶を見つめると、晴明が溜め息をついた。
「玉蟲、酒の用意を。客人をいつまでも庭に立たせてはおけん」
蝶の名は玉蟲というらしい。
その蝶はそのままヒラヒラと、厨があるだろう方角に向かって飛んでいく。
どうやら晴明は邸内に迎えてくれるようで、冬真も
冬真は他にどんなモノが出てくるかと思ったが、蝶が変化した少女以外は現れることはなかった。
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