限界フリーターくんの日常。無一文編。

kaonashi

第5夜「あなたがわたしをわすれるとき。」

俺は限界フリーター。


東京からしたらクソ田舎。田舎からしたら都会。


映画館も無いやたら家だらけの中途半端な街の野菜直売所兼スーパー。


そこが職場。


レジに佇む。ついこの間までトイレに行くのさえ躊躇するような痛さだったのに。


空は急な春ねむりを誘い、ポロシャツには若干の汗が滲むほどだった。


特にやりがいや忙しさもあるわけが無く気づけばクソガキだった俺は


もう大人と呼ぶには充分な年齢になっていて、特にやりがいや忙しさも無いこのアルバイトにしがみついて、


ただ毎日をしがんでいる。


特に変化も無い毎日の中、表面は店員を演じながら客を観察するくらいしかやる事が無い。


思春期の数年、学校という狭い世界での毎日はあっという間で時の流れなんて気にせず青春を謳歌していたけれど。


大人になってからのこの数年、自分自身もそして客観的に見ても時の流れは思ってるよりも重くのしかかって来る。


お客で1人のおばあさんが居た。いつも1人で買い物に来ていた。


おそらく家が近いのだろう。歩いて店に来てわ手で持って帰れるくらいの野菜を買って行く。


元気で小柄で笑顔が素敵なおばあさん。常連だ。 


いつからだろう。一日に店に来るのが1.2回くらいだったのが3回4回と増えるようになった。


まぁ、もちろん働いてるような年齢でも無いし散歩ついでかなと特に気にも止めて無かったんだけど


次に何回も何回も買った品物を返品しに来るようになった。決まり文句は


「家に帰ったらもう買ってあったから」


ネギ、キャベツ、醤油なんでもだ。なんならネギを買って行った30分後に来てまたネギを買って行った事もあった。


認知症って奴か。


そうなってからが早かった。何だろう。まず目が変わって行った。


生気のあった目が据わり茶色がかってこちらを見ているのに何か違うモノを見ているかのような、どこかうわの空で


さらにパジャマで来るようになりお金を持っていなかったり。


その内、娘さんと買い物に来るようになった。なんだか嬉しそうに笑っていた。


でも元気な時を知ってる他人の俺からするとなんだかまるで別人になってしまったかのような。そんな重さを感じていた。


何故そこまで思うかには理由がある。


19歳の時だ。ばあちゃんが入院した。長い事抱えていた心臓の病の手術をする為。


地元の大学病院での手術。病気のせいで足が浮腫んでいつも杖をついてた。これで元気になると思ってた。良かったねって。


でも手術が終わってICUから出てきたばあちゃんは何だか様子がおかしかった。


自分で手術を決めたのに。痛い。なんで勝手にこんな事したのかと泣いたり。話しかけても何だか噛み合わなくて。


元来すぐ泣き事を言うタイプではあったからその延長くらいに思ってたけど歩けるようにならないまま家に帰ってきた。そこからだった。


当時の俺はいわゆるニートで日中に家に居たんだだけど。1階のばあちゃんが騒いでいる。


下に降りると兵隊さんが迎えにきたとか泣いてておしめが床に落ちている。


たまらずいつも俺はとなりに住んでたじいちゃんの姉ちゃん。通称おばちゃんに助けを求めていた。


ある日、ばあちゃんはベッドに行く途中に転んで大腿骨を折り入院。


病院に入院してからもボケてしまったかのようなその言動は元には戻らずに日に日に髪は真っ白に魂が抜けたようになって行った。


ある日の朝方、母親にばあちゃんが危篤だと起こされ急いで病院に向かった。朝方嘔吐して意識がなくなったらしい。


小学生の1番下の妹を家に残してきてしまったから見て来て欲しいと母に言われて3個下の妹と家に1度見に行くと1番下の妹はもう自分で学校に行った後でそれを確認して病院に戻った。わずか30分くらい。


「もう死んじゃったよ」


母がそう言った。


ばあちゃんは空へ旅立った。


元気になるはずだったばあちゃんは結局1度も元気な姿を見せる事無く。まともに喋る事もなく。


俺の成人式の約1ヶ月後に亡くなった。


人が終わりに向かって行くことを最後に見せてくれたばあちゃん。


病院から戻ると玄関の時計がばあちゃんが危篤だと病院から連絡来た時間の少し前で止まっていた。


あとから看護師志望のバイトの子に聞いたらせん妄って奴らしい。


客の認知症のおばあさん。なんとなく自分のばあちゃんと重なった。


別に何かをしてあげるわけじゃないんだけど人の人生がゆっくりと終わりに向かっていく途中の1部をまたこんな場所で見ている気がした。


見慣れた道やモノ、友達を忘れていくってのはどんな気持ちなんだろう。


忘れた事も忘れて行くのかな。


それはきっと本人にしかわからなくて。


ルーズリーフに歌詞を書くみたいに書いたり消したりはもう出来ないまま


家族や愛する人と終焉にゆっくり向かっていく。


幸せかどうか。やっぱり俺ごときにはわからない。



閉店1時間前くらいおばあさんが店に1人できた。


学生バイトの子に話しかけている。


「マミちゃん知らない?」


と聞こえた。


学生バイトが知らないと答えると店を出ていった。


俺はいたたまれず追いかけて


「娘さん探してるんですか?」


と話しかけた。すると


「そうなの。ここに来てるかなと思ったんだけど」


と、また俺は


「今日は見てませんね。もうすぐ帰って来ると思いますから家で待ってた方が良いですよ」


と返すと


「ありがとう」


そう言っておばあさんはパジャマ姿の小さい背中で家に戻って行った。


それ以来、おばあさんは店に来ていない。








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