公式の中は慌ただしい

文字塚

第1話 いいわけ

 三月も半ばとなり、もう随分と暖かくなってきた。節電に努めていた職場の暖房も、気温は必然低く設定される。

 屋外と屋内は違うけれど、快適な季節が近づいてきた。私のデスク周りも問題はなく、冷え性対策の膝掛けはもう必要ないかもしれない。


 私の部署には今三人の社員しかいない。

 入社三年目の私を含め女性が二人、男性が一人。他の社員は休憩時間とお昼に出ている。

 私の所属は小説投稿サイト「書いて読んでみれば?」の一部署に過ぎないが、私はそこでイベントとサイトの管理を担当している。


 今日三月十六日は我が社、我がサイトが誇る一大コンテスト、いわゆる「カイヨンコン8」の中間選考発表が行われる。

 参加したユーザーはアマチュアから取引のあるプロの作家まで、幅広い。

 社員として些か胸を張れば、天下のカワカドブランドは伊達ではないのだ。

 更なる飛躍目指す、あるいは生き残りを懸けたプロ作家。そして常連参加者、夢見るユーザーまで幅広く応募があった。

 発表と同時にユーザーがサイト本体、あるいはSNSなどで悲喜こもごもな反応を見せている。


 私は選考に関わってはいないが、選考する社員の仕事ぶりは知っている。

 しかしコンテストの本番はこれからだ。出来るだけ多くの作品を拾い上げ、他社に持っていかれないよう確保する。応募したユーザーも中間選考突破となれば意気軒昂、更に腕を磨き前向きに創作活動に励むだろう。

 私はあくまでサイトの運営担当だが、やはり出版社は書籍を売るのが本業と言っていい。昭和平成令和、時代と共に勝手は変わったが、電子書籍も含め魅力ある作品を送り出したい。


 さあコンテスト中間選考結果の発表日当日。

 というのに、部署の話題は全く別だった。

 入社一年目にして本社から異動という離れ業を成し遂げた、同僚の川澄香住が何かやらかしたらしい。

 入社十年目、中堅社員の先輩高中卓と何事かやり合っている。

 今は休憩時間だからいいけれど、聞き耳を立てるまでもなく話し声は聴こえてくる。


「川澄、お前それ本当にほんとか? 総合なのか?」

「はい。総合ランキングですよ」


 ランキング関連か。確かにサイト管理者として、ランキング問題は少しだけ厄介だ。

 盛り上がるジャンルとそうでないジャンル。この偏りは仕方ないとしても、ごく稀に不正を行うユーザーがいる。

 不正か否か、大体は機械的に判断するが、コンテストで完全読者選考を謳った以上少しばかり厄介である。

 規約に引っ掛かっていた場合、仕方なくアカウントを停止することもあるが、まずはデータを確認し警告を出すことが先になる。


「あなた読まずに評価付けましたね」とか「複数アカウントですね」とか。

 ログインせずに読んだか否か、IPアドレスから判断するのは手作業、というか目視での作業となる。

 正直億劫だけれど、仕事だから仕方ない。

 だがグレーゾーンは常に存在し、分かりやすい例を出すと、


「六十秒間で読めるはずないペース」


 で、ハートいいね連打と星評価を付けるユーザーがいる。

 一分間でハートと星を付ける行為は、こちらとしては対処し辛い。

 掌編作品ならともかく、一万文字を一分間で読めるわけもない。

 十話全てにハートいいね、そして評価を付ける。

「ログインせずに読みました」というのはやはりIPアドレスからの判断になるが、そもそも端末が違えば話にならない。

 公平性とサイトの賑わい、限りなくグレーだが悩みの種は尽きない。

 てっきり二人は、その件について話しているのかと思っていた。しかし、


「川澄お前それ、小説家になってみれば? の総合ランキングだよな」

「はい。なってみれば? の日間総合ランキングですね」


 ……他社の話だったのか。いくつかある有名な小説投稿サイト、その一つだ。なんの話だろう。目に見える不正があった。あるいは一瞬だけ編集部にいた川澄香住の目に留まる秀作を見つけた、という話だろうか。

 高中卓が顔をしかめ川澄を睨み付けている。


「なんでお前の書いた作品が、なってみれば? の総合ランキングでトップページに載ってるんだ」


 思わずデスクから肘がずれ落ちた。川澄香住の書いた作品?

 どういうこと?

 入社一年目にして、本社編集部からサイト運営への異動。アクロバティックな人事異動を受けた川澄は平然と応じる。


「はあ、なんというかあれです。うちのサイトにライトユーザー向けのサイト攻略エッセイあるじゃないですか」

「そんなの結構あるだろ。それがどうした」


 三十を過ぎ「これで俺もおっさんか」と愚痴っていた高中さんはまだまだ若い。しかし今、その反応は少しだけおっさんっぽいかもしれない。

 学生気分が抜けていない、というよりも、我が道を崩さない川澄香住が続ける。


「ですからそれ読んでて、あ、こうすればページビューとポイント稼げるって気付いたんですよ」

「なんだそれは……まさか不正じゃないだろうな」


 そんなのあったっけ。私も一応サイトに載る作品には目を通すが、全ては無理だ。あくまでランキング上位から最近急上昇の作品が主。もっと言うなら好みの作品に目を通す。

 仕事なら、仕方なく怪しいユーザーの動きは目にするけれど。

  

「で、ちょっと短編書いて試してみたんですよ。そしたらトップページに。高中先輩、私文才あるかもしれません」


 川澄香住と高中さんは、キャリアが十年程違う。確かに先輩ではあるけれど、さん付けしなさい。


「あのな川澄、文才はともかく、なんでカイヨン公式中の人間が他社でランキング入りしてんだ……」


 高中さんの呆れは全くその通りだ。

 よくもまあ同業他社のサイトに投稿し、しかもランキング攻略までしてしまったの。

 というかそれ、会社で言わなくていいから。

 そういうこともあったって、胸の中に仕舞いなさいよ。ああダメだ、これみんなに私が怒られる。

 どういう教育しているんだ、と。

 私は教育係ではないけれど、川澄香住に関しては面倒をみろと言われている。


 もう、せっかくうちのコンテストの発表日に、あなた何してるのよ。

 ため息混じりでコーヒーを口を含む。

 はいはい、後できっちり注意しますよ。

 というか、そんなに人気作品ならうちに投稿しなさい。

 まさにその点を、部署の先輩高中卓が指摘した。


「なんでなってみれば? に投稿してうちに投稿しない。人が集まるんなら、こっちに集めろ。ページビュー稼ぐのに、お前の作品使えるじゃないか」

「えー高中先輩、常識ないですねえ」


 川澄香住に指摘され、高中さんの表情がひきつっている。


「どういう意味だ」

「だって公式の中の人間がランキングに入ったら、お手盛りやらせ、炎上案件ですよ」

「馬鹿野郎。そんなの言わなきゃいいだけだ。まさか川澄、SNSとかでうちの社員だとか呟いてないだろうな」


 まずい、それ色々面白い展開だけどまずい。

 川澄香住はらしくもなく苦笑して、


「高中先輩、私そんな馬鹿じゃありません」


 はっきり言い切った。

 入社早々、研修を兼ねた有名作家との打ち合わせの席で、


「大丈夫ですよ。ここ最近先生の売り上げ落ちてますけど、私が正式に担当編集になったら倍になりますから。重版に電子書籍の売り上げ増加間違いなし。その時は一緒にシャンパンタワー楽しみましょう」


 と、発言した人間の言葉とは思えない。

 性格の難しい、扱い辛い作家相手に入社早々やらかした、さすがカワカド設立以来の武勇伝の持ち主。

 とりあえずほっと胸を撫で下ろす。

 高中さんも同様らしい。


「ならいいけど、どんな作品書いたんだ」


 呆れも含まれたそれを契機に、私も自前のスマートフォンを取り出す。


「ええっとですねぇ」


 と川澄香住はタイトル名を上げ、私はそれを検索する。確かめると、確かに総合ランキングでトップページに載っていた。

 短編作品で日に二千ポイントを超える評価を得ている。システムは違うが、一日でこれはあちらなら大したものだ。

 川澄香住は少し胸を張り告げる。


「読みます?」

「まあ一応読むか……」


 高中さんは戸惑いから躊躇うようだが、私はさっと目を通した。そうして、ああなるほどと頷く。

 それから二人に向かい声をかける。


「高中さん、川澄さん、話は聴こえてました」

「ああはい、梨花先輩にも言おうと思ってたんですよ。これ、うちに載せるのまずいですよね」


 私を下の名前で呼ぶのは川澄香住ぐらいだ。

 さて、載せるか否かは正直問題ではない。


「うーん載せてもいいけど、人が集まるとは限らないですね。それに、中の人って川澄さんがうっかり口を滑らせないとも限らない」


 少し嫌みも含め告げると、川澄香住は頬を膨らませた。それでも、


「ですよねえ。絶対はないから、まあたまたまって話です。でも私そんな馬鹿じゃありませんよ、梨花先輩」

「山下でいいわ。梨花って呼ぶのあなただけよ」

「はーい。分かりました」


 川澄香住はそう言って、お昼御飯へと出掛けて行った。

 高中さんはそれを見送り、こちらに近づいてくる。

 それから愚痴っぽく話しかけてきた。


「一体どういう神経してるんだか。公式の中の人間が書いて投稿するとか、最近の若い奴らは分からん」

「あれが令和Z世代ですよ。私もですけど」

「そうだよな、二人は全然違うが。まあしかし、最近の若い奴らとか言い出したら、おっさん現象だ」


 そうして高中さんは苦笑して見せた。愛想笑いを返し、人がいない好機と一つ確かめる。


「ところで高中さん、短編部門の選考結果は本当にこれでいいんですよね」

「ああ。九百作品は多いが、でもまあ全部一万文字以内だ。問題ないし、本命は長編だよ」

「そうですか」


 受け入れ、私はそっぽを向く。

 高中さんは何も思わないのか「遅めの昼飯に行ってくるわ。山下も行くか」と遠慮もなく誘ってきた。

 ゆっくりとかぶりを振り、結構ですと断る。「そうか」と納得し高中さんも去っていった。


 一体二人共どういう神経をしているのか……。


 川澄香住は他所のサイトに作品を投稿した。

 これはまあ、たまたま当たった結果「どうしよう。ページビュー欲しい」と面倒な話ではある。

 けれど彼女は社会人一年目、そして既に武勇伝を持つ変わり種。正直また何かやらかすだろう。そもそも言わなくていい話題だ。


 一方高中さんも高中さんだ。

 彼は本年度からカイヨンの担当に異動してきたので、正直勝手が分かっていない。入社以来担当している私より理解が低い。

 何せ、以前こんな会話をしたことがある。

 切り出したのは高中さんだ――


「山下さん。カイヨンコンの短編部門なんだが、盛り上がるだろうか」

「はあ。メインは長編でしょうが、例年盛り上がってはいます」

「でも不安なんだ。君文学部卒業だろう? 一本書いて応募しといてくれ」

「はい?」

「頼むよ。間違えても選んだりしないから、とりあえず一本。可能なら二作、いやいくらでも応募してくれると助かる」

「あの、それ公式の中の人間がやるのはおかしくないですか?」

「いいんだ、どうせ選ばない。あくまで予備。万が一の為だよ」


 ――高中さん、あなた私にそう言いましたよね。

 今、私は短編部門の選考結果を目にしている。

 そこに、


「Aランク冒険者失踪事件」


 というこの私、山下梨花が書いて応募した作品が堂々掲載されている。

 勝手が違う部署に来て、戸惑うのは理解しよう。入社から十年、それでもサイトの管理に回るのは初めてだ。

 だから不安から空回りするのも分かる。

 文学部卒だから書ける、という勘違いから無茶を言うのもまあ許してやろう。

 けれど、コンテストに応募させた挙げ句、中間選考を通過させたのはどういうこと?

 確かに私達はサイトの管理運営担当で、選考には関わっていない。


 だけどさあ……「いいわけ」ないでしょう。

 一体どういう神経していたら、選考を担当した部署への連絡を怠るの。

 確かに他にもイベントはあったし、それもカイヨン長距離走としてもうじき終わる。

 高中さん、テンパるのも程々にしてもらえますか。


 私は私で、他所のサイトとシステムの違うこのカイヨンコンテストを良しと捉えている。

 差別化は必要だし、下読み前提ではない「いいわけ方」だと受け止めている。


 で、高中さん、あなた一体私にどんな「いいわけ」を用意するつもりですか。

 それとも私に「すいません。私が書いたものなので、お願いですから最終選考に残さないで下さい」とでも、他の部署に頭下げさせるつもりですか。

 全て「いいわけ」ないのです。

 一体何がどうなっているの。


 はあ、それでももう仕方ない。

 いきなり私の作品が消えたら不自然だ。


 私もなぜか、一応一人の書き手としてコンテストに参加してしまった。


 だからアカウントは持っている。

 だから近況日記に記すことがある。

 カイヨンコンテストに参加したユーザーに、せめてもの労いを送りたい。

 だから記さないと。

 手持ちのタブレットを開き、文字を記していく。


 ――皆様お疲れさまでした。コンテストの中間発表がありましたね。カイヨン長距離走イベントと重なって、コンテストの存在自体忘れていた人もいそうです。

 ちなみに私がその一人(笑)

 私は色々あって、短編部門のみの参加ですが無事中間選考通過していました。


 お知り合いも通過していたのを見て、正直嬉しい気持ちになりました。

 皆さんの結果は通知などでなんとなく把握しています。

 きっと良い結果、残念な結果と分かれたでしょう。

 今はただ、労いの言葉を送らせて下さい。


 創作活動はあなたが望むまで続きます。

 きっといつか、納得のいく結果が出せると頑張って下さい。

 きっと納得のいく作品が書けると、信じて進んで下さい。


 一人の書き手ユーザーの私から、最後に一つ記します。


「露と落ち、露と消えにし我が身かな。浪速のことは、夢のまた夢」

 ――豊臣秀吉

「うれしやと、ふたたびさめてひとねむり。浮世の夢は、暁の空」

 ――徳川家康


 戦国乱世を駆け抜け終わらせた、二人の英雄が最後に詠んだと言われる辞世の句になります。

 しかし私達の戦いはこれからです。

 これからも頑張って、楽しく創作活動していきましょうね。

 では――


 これでよし。伝わると信じるしかない。

 さあ、午後からも頑張らないと。

 私の仕事は浪花の夢ではないのだから。

 まだ正午を過ぎたばかり、暁の空はまだ先だ。

 そうして、私は再びデスクと向かい合う。


 わずか三十三ポイントに過ぎない評価は、川澄香住と比べものにはならないけれど、私の作品に送られた正当な評価。

 読み手、書き手ユーザーが私の作品と向かい合って送ってくれた、大切な瞬く星空だ。


 これからも、私はあなたと向かい合う。それが私の大切な仕事なのだから。

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