第3話 「運命を感じました!」

「い、いやそれは流石に……」


 いくらなんでも距離が近すぎないか? 嫌じゃないけど、俺にそこまでの勇気はない。


「俺は床で寝ますんで」


「それは申し訳ないよ~私は全然気にしないから、入って入って」


 アリシアが布団を持ち上げて、俺を誘ってくる。


「もう、しょうがないなぁ」


 不意に腕を引っ張られる。いつまでもベッドに入ろうとしない俺を強引に引き寄せる。


「ほら、これでいいでしょ」


 俺はパーティーの中でも最年少だった。いつもみんなに可愛がられる立場だったアリシアが唯一年上として話せるのは俺だけだった。そういうこともあってか、アリシアは俺と話すときだけお姉さんのような感じになるのを感じていた。


 抱き枕のように両腕で包まれて、気持ちいい感覚が生まれるも、居心地は悪かった。恥ずかしいし背中には柔らかなモノが接触しているし。眠れる気がしない。

 一応、目を瞑って眠れるように努力してみたが、眠気が訪れる気配は微塵もない。高鳴る心臓の音がはっきりと聞こえるような気がした。


「……寝た、か?」


 アリシアの方から寝息が聞こえる。俺を抱きしめる腕の力も緩んでいた。このままだと確実に寝れないと分かっていたから、名残惜しいけどベッドから抜け出す。


『あれ、どこに行くつもりなのかな?』


「ちょっと夜風に当たってくる」


 部屋から出て、そのまま宿の外へ行く。涼しい風が俺の髪を揺らした。周りには木々が天を貫くように伸びている。

 森の中に隠れるようにして建っているこの宿から遠くに行きすぎると迷子になりそうだ。


『あのまま抱きしめられていれば良かったのに』


「付き合ったこともないのに、いきなりあれはレベル高すぎるって……」


 まるで最初の町でラスボスにエンカウントしたような気分だ。しばらくはアリシアに抱かれていたときの感覚は忘れられそうにない。

 宿から離れすぎないように気を付けて歩く。


『そんなに歩くと、来た道を忘れるよ』


「大丈夫だって。それに、最悪迷ったとしても神様のナビがあるんだから戻れるだろ」


『神の力をナビ扱い……』


 不満そうな呟きが聞こえたけど無視する。適当に歩いていると、木の陰から人影が飛び出してくる。


「――うわぁ!」


 突然飛び出してきたのを避けることができず、ぶつかってしまう。俺がぶつかったの人影は小さかった。背丈は俺の胸辺りくらい。外套に加えてフードを目深にかぶっているせいで外見の特徴は掴めない。


「だ、大丈夫?」


 ぶつかった衝撃で倒れこんだ誰かに、俺は駆け寄る。そして怪我をしていないか確かめようと手を伸ばした直後、頭に声が響く。


『駄目だ! その子に近づくな!』


 その時の神様の声は今までにないくらい焦っていた。


「どうしたんだよ、急に……」


『早く宿まで戻るか、その子にトドメを刺すんだ! その子は危険すぎる!』


「意味が分からねえよ! まだなにも起きてないんだ。危険なんて言われても信じられねえよ!」


 根拠もなく危険だのなんだのと言われても信用しきれない。そうして言い合いをしていると、倒れた人物がよろよろと起き上がる。


「ごめん、ぶつかって。怪我はない?」


「ひぃ!」


 俺が声をかけると怯えたように悲鳴を上げる。知らない人に声をかけられたら怖いのは理解できるし、俺も少し反省する。


「驚かせてごめん。俺はカイリ。冒険者……いや、追放されたから元冒険者か。怪しい人間じゃない」


『その言い方が既に怪しいけどね』


 脳内でツッコミを入れてくる神様はスルー。一人で会話をしてるおかしい奴と認識されても困るし。


「あ、あの……私を、助けてください!」


「助けるって、なにから? 事情を説明してほしいんだけど……」


「わたしはとある組織から追われてるんです。詳しいことは話せないんですが……命を狙われてて、ここまで逃げてきたんです」


「分かった。その組織とやらから君を守ればいいんだな」


 即断即決。組織の名前なんてどうでもいい。なにから助ければいいのかという目標さえあればそれでいい。


 声の感じからして女の子だろう。怖くて震える声で助けを乞われたらそれを拒否するなんてできない。


『くそ……このままじゃ……いや、それでも……』


 神様の声が聞こえる。なにかをぼそぼそ呟いているがはっきりとは聞こえない。今はそっちを気にしている場合じゃない。


「とりあえずアリシアの泊まってる宿に連れていくよ。部屋には鍵がかかるし、強行突破はしてこないだろうし」


 少女を指名手配してるなんて話は聞いたことがない。恐らく公に発表できるようなものじゃない、暗殺の類だろう。


 それだと目立つ手段はとれないし、無理やり宿に入って少女を狙うこともできないはずだ。


「ごめんなさい。足に力が入らなくて……」


「俺が抱えるよ。変なところ触らないように気を付けるから」


『その言葉で信用度が下がったね』


 いちいち茶々入れてくるな。どこか不機嫌そうな神様の声を無視して宿に向かう。宿に入る前に一応周囲を確認して人がいないかを確認する。


「スキルとかで隠れてたら分かんねえな……」


『ボクの方でも確かめてみた。辺りに人はいなさそうだよ』


「良かった。それなら安心だ」


 神様のお墨付きをもらえてホッとする。アリシアが起きればスキルで敵がいないか確認してもらえばいいし。

 部屋に戻って、寝ているアリシアの隣に少女を横たわらせる。疲れていたのだろう。ベッドに寝転んだ途端、目を閉じて寝息を立て始める。


「で、この子のどこが危険なんだ?」


 一先ずの安全を確保した後、俺は誰もいない空間に問いかける。すると、いつも通り脳内で返事が聞こえてくる。


『…………いいや、ボクの勘違いだったみたいだ。その子に危険性はないね』


「急に手のひら返しすぎだろ。なにがあったんだよ」


『キミには関係のないことだから』


 今まで神様は楽しげな口調になることはあっても不機嫌な声になることはなかった。神様故の余裕だとばかり思っていたけど……


「なんでそんなに怒ってるんだよ」


『怒ってない』


「ほら、怒ってる」


 語気が強いから怒ってるようにしか聞こえない。俺が指摘すると神様の声が聞こえなくなる。拗ねたのかな。


「俺も寝るか」


 ベッドはもう二人の女の子で埋まっていてスペースが残っていない。これで床で寝る口実もできたし、気にする必要はない。起きた時になにか言われるだろうか。まあ、その時はその時だ。


 床には柔らかいカーペットが敷かれていて、案外寝心地は悪くない。俺は寝転ぶと、目を閉じる。ゆっくりと意識がなくなっていく――



 目を開けると、目の前にアリシアがいた。


「やっと起きた」


 くるりとした瞳が俺を見つめている。可愛い。


「おはよう、アリシア」


「もうお昼だよ。……お寝坊なのはカイリだけじゃないけど」


 アリシアはそう言って、ベッドの方に目を向ける。そこには昨日拾ってきた少女がすやすやと寝ている。随分疲れていたのか、全く起きる気配もない。


「あの子、どこの誰? カイリはなにか知ってる?」


 この部屋には俺かアリシアしか入れない。アリシアが知らないとなれば消去法で俺が入れたという線しかない。


「俺も詳しいことは知らないんだけど……昨日の夜に宿の近くで出会ってさ。誰かに追われてるみたいで、俺が匿うことになったんだ」


「そうだったんだ。この子、なんて呼べばいいかな」


「名前聞いてなかったな、そういえば。なにに追われてるのかも知らないし、何歳なのかも知らない。起きたら聞こうと思ってるんだけど」


 無理やり起こすのも気が引けるし、起きるまで待つのが無難だ。


「話は分かった……けど、一つ大事なこと忘れてない?」


「大事なこと?」


 アリシアが神妙な顔で呟く。


「カイリ、無能力じゃん。私も戦闘能力はないでしょ? どうやって追っ手から守るの?」


「…………あ」


「私のサーチも万能じゃないし、力量差が大きい相手だと通用しないから。追っ手が強い相手だとあんまりアテにならないかも」


「……どうしよっか」


 全く考慮してなかった。俺もアリシアも元のパーティーでは戦力にはなれなかった。そんな人間が敵から少女を守れるようには思えない。


 少女は組織から狙われていると言っていた。それなら狙われるだけの危険性があるはずだ。そう考えると、俺たちより少女の方が強い可能性すらある。


『宿から出た瞬間に囲まれる……そういう可能性もあるね』


「怖いこと言うなって」


「全くだよ。ていうか、神様も索敵できるんでしょ? 私に頼らなくてもいいんじゃない?」


『あんまりボクに頼りすぎないでほしいな。ボクが力を貸しているのはあくまでボクの目的のため。それ以上に肩入れしたりしない。それに、このぐらいの窮地は乗り切れないと冒険者なんてやってられないよ』


 確かに正論だ。正論だけど今はその言葉が突き刺さる。


「アリシア、ごめんな。俺のせいでこんなことに巻き込んじまって」


「ううん、大丈夫だよ。それに多分、私があの子と先に出会ってたら同じことをしただろうし。それに……」


「それに?」


「カイリのそういう優しいところ、私は好きだよ」


 顔が熱くなった。脳みそが沸騰するような感覚。嬉しいけどどこか恥ずかしい。


「俺、は――」


 そこまで言ったところで、ベッドの方から衣擦れの音が聞こえてくる。


「……ふわぁ、ここ、は……?」


「あっ、起きたんだね。ここは私が借りてる宿だよ。カイリ……そこのお兄さんが連れてきてくれたんだよ」


 少女は寝ぼけ眼でアリシアを見つめ、辺りを見回す。ようやく状況を把握できたみたいで、ベッドから降りると俺に向けて頭を下げる。


「あ、あの。ありがとうございます……」


 弱弱しく震える声でお礼を言う少女の姿は悲壮感を醸し出していた。


「お礼なんていらないよ。俺は俺のしたいことをやっただけだから」


 俺はできる限り優しい笑顔を作って言った。その言葉を聞いた瞬間、少女の瞳が爛々と輝いた気がした。



「――わたし、あなたに運命を感じました! ぜひともお名前を聞かせてくださいませんか!」


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